1-04 夢のふくろうカフェ
「いったー……」
床に尻もちをついた青年は、その場で尻に手を置いて身もだえる。
「だ、大丈夫ですか……?」
青葉は見知らぬ青年に戸惑いつつ、とっさにそばへ駆け寄った。
互いの目が合う。その瞬間、青年の頬が赤く染まった。
「あ、青葉さんですよね!? どうしよう……。今、らいむさんたちはみんな出掛けていて、ぼくしかいなくて……。どうしたらいいんだろう……」
青年はあたふたと首を振って手を動かし、背中の翼をばたつかせる。
「な、なんでわたしの名前を知ってるんですか? あなたはだれ? ここは? というか、その翼って……」
青葉もあたふたと首を振り、意味もなく両手を振る。
部屋には二人きり。互いにどれだけ周囲を見回しても、この状況を説明してくれる者はいない。混乱する二人は、しばらく経ってようやく我に返った。
「「と、とりあえず、落ち着きましょう!」」
自分にも言い聞かせるように叫んだ声がふたつ分、部屋に響いた。
それから青葉は、青年の勧めでテーブル席のソファに座った。青年は青葉の向かい側の椅子に腰を下ろす。
「ご、ごめんなさい、なにも出せなくて……。いつもなら、らいむさんが飲み物やケーキを持ってきてくれるんですけど、ぼくはやり方がわからなくて……」
「い、いえ、お構いなく……」
青葉は軽く首を振り、青年の様子をうかがう。
青年は目のやり場に困っているように、そわそわと黒い瞳を泳がせている。
「「あ、あの……っ!?」」
思い切って出した声が重なった。
青葉と青年は肩を震わせて、互いに「どうぞ」と手を相手へ向けた。
しばらくの沈黙の後、このままいてもしかたないと思い、青葉から話を切り出す。
「まず、ここはどこで、あなたはだれなんですか?」
青年は緊張しているように身体を強張らせながら、青葉の目を見て口を開いた。
「こ、ここは、夢のふくろうカフェ『dream owl』、です」
「やっぱり、これは夢なんですね。じゃあ、あなたは?」
「ぼ、ぼくのこと、覚えていませんか?」
青年は身体を前屈みにして、青葉に問いかける。
青葉は改めて青年の姿をまじまじと見た。見た目は高校生くらいで、白いワイシャツに紺色のベストと腰に小さなエプロンを巻いている。肩下まで伸びた茶髪を襟足で結んでいて、背中からは鳥のような茶色い翼が生えている。
そもそも、翼の生えた人間など、見たことがない。
「いえ、全然知らないです」
「そ、そうですか……」
青年は肩を降ろし、落胆したようにうなだれた。
「それで、あなたの名前は? どうして翼が生えてるんですか?」
青葉の問いかけに、青年は顔を上げ、視線をそらしながら口を開いた。
「ぼくは、ゆずです。昼間、カフェであなたにご指名されたモリフクロウです……」
ゆずと名乗った青年の言葉を受け、青葉は数回、まばたきを繰り返した。
「本当に、あのゆずちゃん?」
「は、はい。その節は、ありがとうございます……」
ゆずは青葉を見ながら頭を下げてお辞儀をし、身を縮こませて目をそらす。
青葉の頭の中に、身を縮こませながらお辞儀の仕草をするモリフクロウの姿がよぎった。見た目は人だが、確かにあのフクロウだと言われれば面影があるように見える。
「そっか。わたし、ゆずちゃんのことずっと気にしてたから、夢でふくろうカフェに来たんだね。それでゆずちゃんの元気な姿を見て、安心しようとして」
「青葉さん? どうしました?」
「あっ、ううん。なんでもないよ」
突然ぼそぼそと話し出した青葉に向かって、ゆずが不思議そうに首を傾げる。
青葉ははにかみながら首と手を振った。相手が見覚えのあるフクロウだとわかると、自然と敬語も抜けてしまった。
「ねぇ、ゆずちゃん。わたし、ゆずちゃんと話したいことがたくさんあるんだけど」
「ぼくも、青葉さんと話したいことがたくさんあります。でも、青葉さんがここに来たということは、取り憑いた夢鼠を狩りにいかないと……」
「夢鼠……ってなに?」
ゆずが真剣な表情になって言い出した話に、青葉は首を傾げた。
「夢鼠っていうのは、その……すごく、悪いことをするヤツらで……」
「悪いことって、どんなこと?」
「えっと……、人の夢を食べたりするんです……」
「夢って、今見ているこの夢?」
「あっ、いや、そっちの夢じゃなくて……。なにかがしたいって思う願望とか欲望とかの夢で……」
「夢を食べられたら、どうなるの?」
「えぇっと……、たまに無気力になったり、ならなかったり……」
「ふ、ふーん……」
曖昧な説明に、青葉はわかったようなわからないような感想を漏らす。
身振り手振りを交えて話していたゆずは、がっくりと肩を落としてうなだれた。
「す、すみません、上手く説明できなくて……。いつもぼくはらいむさんたちが話しているのを聞いているだけなので……」
「ううん。気にしなくていいよ」
青葉はそう言ってゆずをフォローしつつ、自分の胸に手を当てた。特に具合の悪いところなどはない。本当に、自分に夢鼠というものが取り憑いているのだろうか。
「ねぇ、どうしてわたしに、その夢鼠が取り憑いているってわかるの?」
「夢の中でこのお店にやってこられるのは、夢鼠に取り憑かれているお客さんだけなんです。それでぼくたちは、お客さんに取り憑いた夢鼠を狩る仕事をしているんです」
「夢鼠を狩ってくれるの? ゆずちゃんが?」
「えっ……、あっ……、あの……」
ゆずはだれもいない辺りを執拗に見回した後、下を向いてしまった。
青葉が不思議そうに首を傾げる。
「どうしよう……、らいむさんたちがいなくてもできるかな……。でも、ここでぼくが夢鼠を狩ってくれば、みんな、きっと……」
「ゆずちゃん?」
ぼそぼそと話し出した相手に声を掛けたのと同じタイミングで、ゆずがバッと顔を上げた。
「やります! ぼく、青葉さんの夢鼠を狩ってきてみせます!」
突然立ち上がり、テーブルに手をついて前のめりに叫ぶ。背後にあった椅子がガタンッと音を立てて床に倒れ、ゆずは「あぁっ!?」と慌てて後ろへ振り返った。
「でも、わたしに取り憑いた夢鼠を、どうやって狩りに行くの?」
椅子をもとに戻して再び前を向いたゆずに、青葉が問いかける。
「このカフェは、人の夢と繋がっているんです。だから青葉さんの夢へ直接行って、夢鼠を狩ってきます。それで……」
なにかを言いかけ、ゆずは迷うように目を泳がせた。青葉は首を傾げながら、次の言葉を待つ。ゆずは意を決したように青葉へ視線を向け、頬を染めながら話を続ける。
「今から、青葉さんの夢へ行く準備をします。立ち上がって、目を閉じてください」
「こ、こう?」
青葉はソファから立ち上がり、目を閉じた。
「は、はい……。そのまま、リラックスしていてくださいね」
青葉は言われるまま、その場で深く息を吐いた。
「え、えっと……、らいむさんたちは……、確か、こうやって……」
間近からうわずった声が聞こえてきた。肩に手を置かれる。緊張しているらしく、ガタガタと震えているのが伝わってくる。
「えぇっと……、それで……、このまま……っ」
いつまで目を閉じていればいいのだろうか?
ちょっとだけなら……。と、青葉は気になって、うっすらと目を開けてみた。
目と鼻の先にいたのは、ゆずの顔。肩に手を置いて、青葉の唇に向かって、かすかに開いた口を寄せてきていた。
「いやぁぁぁああああああああっ!?」
とっさに青葉は叫んだ。反射的に手を上げて、ゆずの頬に向かって平手打ちをくらわせる。
パァンッ!!
乾いた音が店内に響く。
思わず閉じた目を恐る恐る開けると、床にゆずが倒れていた。
「あっ……、あぁっ!? ご、ごめんなさい!? だ、大丈夫!?」
青葉はハッと自分のしたことに気付き、慌てて謝る。
一方のゆずは、赤く腫れた左頬を手で押さえていた。目に涙を溜めながら、ぶつぶつと呟く。
「お、おかしいな……。らいむさんたちは、いつもこうやっているはずなのに……」
ゆずがなにを言っているのか、青葉にはわからない。ひとまず青葉は、倒れているゆずに手を差し伸べた。
「自分の夢なら、自分で戻れるはずだよ。いっしょに行こう?」
「えっ、あっ、はい……」
青葉の言葉の意味が、ゆずにはわからない。わからないまま、差し伸べられた手をつかんで立ち上がる。
青葉はそのままゆずの手を引き、店の扉へと向かった。扉を開けると、暗闇が広がっており、遠くのほうでいくつもの扉が浮かんでいる。足もとも暗闇で、一歩踏み出せば落ちてしまいそうだ。
「えっと、階段……。階段……」
青葉がそう呟くと、目の前に階段が現れる。階段は一直線に伸びていて、遠くに見える扉と繋がっていた。
「す、すごいですね、青葉さん。こんなことできるんですか?」
「夢の中だから、想像できるものはなんでも出せるんだよ。行こう、ゆずちゃん」
青葉はゆずの手を引きながら、階段を歩み出した。
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