1-02 フクロウのゆず
姿はウラルフクロウに似ているが、一回り小さく、全体的に茶色っぽい羽をしている。黒い虹彩の目は、警戒するようにじっとこちらを見つめていた。
「あれは、モリフクロウですね」
「そうよ。英名はTawny owl。野生ではヨーロッパや北西アフリカに生息しているわ。個体によって色調に変異があって、茶色ベースのものと灰色ベースのものがおもにいるの。モリフクロウは比較的おっとりとした性格をしているはずなんだけど、ゆずちゃんはちょっと臆病なのよね」
「ゆずちゃん?」
「あのモリフクロウの名前よ。『
店長は手を片頬に当てて、心配げにゆずと呼んだフクロウを見つめる。
お客の女性も、棚の隅で小さくなっているゆずを見つめた。
すると、店員が店長へ近づき、片肘で腕を突いて「相手はお客さんですよ?」とささやく。
「あぁっ、ごめんなさいね。せっかく来てくれたのに、こんな話しちゃって。ゆっくりしていってね」
そう言って、店長は軽く手を振ってカウンターの奥へと入ってしまう。
代わって店員が、女性に話し掛けた。
「当店では、好きなフクロウをご指名して、席でいっしょにドリンクを楽しむことができるの。どのフクロウが気に入った?」
訊かれて、女性はちらっと頭上の棚にいるゆずへ視線を移した。
「ごめんなさいね。ゆずちゃんはまだカフェに慣れていないみたいだから、他の子でもいいかしら? オススメはウラルフクロウのらいむちゃん。おとなしい子で、この中では一番人気なの」
「なら、その子で……」
店員に言われるまま、女性は小さく頷いて、カウンター席に座る。
頭上へ目を向けると、ゆずがまだ、こちらを見つめていた。
* * *
アパートの一室に帰ってきた女性は、ベッドの上に腰を降ろす。ワンルームの部屋には、開けたままの段ボール箱がいくつか置かれていた。
「勉強、しないと……」
独り言を言って立ち上がり、ベッドの向かいにある机の前に座る。そばに置いてある段ボール箱から参考書と問題集を取り出して、ページをパラパラとめくった。
「…………」
視界には数字や記号の羅列が映るが、頭の中に浮かぶのはさきほど訪れたふくろうカフェの光景。
女性はかたわらに置いたスマホを手に取った。「お母さん」からの着信が入っていたが、無視をして写真のフォルダを開く。ウラルフクロウの写真が最初に出てきた。
「羽、もふもふだったなぁ……」
ふくろうカフェで女性は、ウラルフクロウを席の止まり木に係留してもらい、フクロウの顔が描かれたカフェラテを飲みつつ触れ合った。
フクロウの羽は普通の鳥の羽よりも柔らかく軽い。特に
実物を見られて勉強になった。単純にフクロウと触れ合えて、楽しかった。
けど……。
「ゆずちゃん、あれからどうなったんだろう……」
写真をさかのぼっていくと、店内を写したものが出てきた。撮った時は気がつかなかったが、拡大してみると、カウンター席の上にある飾り棚に茶色いモリフクロウが一羽いた。棚の隅で首をすくめて、じっとこっちを見つめている。
「あなたは本当に、ここにいたいの……?」
思わず口にした言葉に、ハッと息を呑む。
時計を見ると、午後七時を回っている。ふくろうカフェはもう閉まっているだろうか。
「ちょっとだけなら……」
女性は意を決して、立ち上がった。ポシェットを肩に掛け、手早く身支度を済ませて部屋を出る。
自転車に乗って、住宅地を走る。向かった先は多数のお店が入ったショッピングモール。駐輪場に自転車を停め、モールには入らず、裏手の道路を渡った二階建て店舗の階段を駆け上る。
「今日もほとんどお客さん来なかったね……」
「立地としては、前のお店よりもいいんだけどねぇ……」
「もうっ! やっぱりお父さんが強面なせいだよ! きっとネットにさらされて炎上してるんだよ!」
「ひ、ひどい! そんなことないわよ! だって毎日スキンケアしてるもの!」
「そういう問題じゃなくて……!」
店の中からは、なにやら騒がしい声が聞こえている。
どうやらまだ店員たちはいるらしい。女性は扉に手を置いて、中へと飛び込んだ。
「あっ、Closeの看板出してなかった。すみません、もう今日の営業は終了してて」
女性店員はほうきとちりとりを持って、店内を掃除していた。入ってきたお客の女性に近づいていき、「あっ」と声を漏らす。
「さっき来てくれた方よね? どうしたの? 忘れ物?」
女性は階段を駆け上ったせいで息があがり、声が上手く出ない。
店の奥を見ると、壁のくぼみにフクロウたちはもういない。別の場所に移動されたのだろうか。ただ、カウンター席の上にある飾り棚には、茶色いモリフクロウが一羽。相変わらず同じ場所で縮こまっていた。
「あ、あの……っ」
息が途切れ途切れになりながら、女性は声を絞り出す。
「ゆずちゃんを、ご指名しても、いいですか……っ!?」
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