第1章 新入りフクロウは出来損ない?

1-01 ふくろうカフェへようこそ!

 カランカランッ。


 木の扉を開けると、ドアベルの澄んだ音が鳴った。取っ手を持つのは、黒髪を肩の上まで伸ばし、黒縁眼鏡を掛けた十代の若い女性。彼女は一人で、開いたドアの向こうをそっと覗き込む。


「ようこそ、ふくろうカフェ『dreamドリーム owlオウル』へ!」


 不意に耳へ入ってきたのは、野太い声。目の前に、サングラスを掛けたスキンヘッドの厳つい男性が両手を広げながら現れた。

 女性は「ひっ!?」と身体を震わし、反射的に扉をバタンッと閉めた。


「お、お店間違えたかな……? でも、ここで合ってるよね……。マップの通りに来て、この建物の二階だって書いてあったから……」


 扉に背を向け、独り言を零しながらスマホを見る。画面に映し出されているマップには、現在位置と『ふくろうカフェdream owl』という店舗情報が記載されていた。


「なんで閉めちゃうのよ~っ!?」

「だからお父さ……店長が強面な顔で詰め寄るからですよ! せっかく来たお客さんなのに! もう店長はカウンターの奥から出てこないでください!」

「やめて~!? お手入れしているほっぺを引っ張らないで~!?」


 扉越しからは、なにやら騒がしい声が聞こえていた。


「どうしよう……。やっぱりやめとく? でも、ここまで来たから……」


 女性は数秒悩んだ後、再び扉に手を置いた。ドアベルの音が鳴らないほどゆっくりと、扉を開ける。


「いらっしゃいませ。さきほどは驚かして、ごめんなさいね」


 今度出迎えてくれたのは、二十代ほどの女性店員だった。長い髪を団子状にまとめていて、白いワイシャツを着て、腰に小さな紺色のエプロンを巻いている。


「一名様ですか?」

「は、はい……」

「では、こちらへどうぞ」


 促されるまま、お客の女性はお店へと入った。


「わぁ……。夜の森みたい……」


 辺りを見回して、思わず声を零す。

 こぢんまりとした店内は、深い青色の壁に囲まれ、木々のペイントが施されている。天井には、ライトが星のように仄かな明かりを灯していた。右側には小さなキッズスペースがあり、前にはカウンター席が四つ、左側にはテーブル席が三つ設けられている。

 時間は昼過ぎだが、店に客はだれもいない。

 女性は手に持つスマホでカメラを起動させ、店内へ向けた。


「あの、写真撮ってもいいですか?」

「いいわよ。フクロウたちが驚いちゃうから、フラッシュはたかないでね」


 女性は写真を何枚か撮った後、再び辺りを見回した。


「あの、フクロウはどこに?」


 ふくろうカフェに来たのに、肝心のフクロウたちが見当たらない。

 店員が「あちらですよ」と、片手をテーブル席の端へと伸ばす。手が指す先には木々がペイントされた壁があり、よく見ると木にウロのようないくつかのくぼみがあって、その中にフクロウたちがとまっていた。


「あっ、あんなところにいたんですね。絵の一部だと思った……」


 言葉を零しながら、女性は店員とともにフクロウのそばへと近づいていった。

 くぼみの中には止まり木がついていて、フクロウたちはその上にとまっている。


「どれも可愛い……」


 フクロウたちに見入っている女性を、後ろから店員は微笑ましく見つめる。けれども気配に気づいて振り返ると、カウンターの奥から身を乗り出した店長が、サングラスをぎらつかせながらうずうずと身体を揺らしていた。フクロウたちの説明がしたくてたまらないのだろう。店員はため息を小さく吐く。

 お客の女性は、眼鏡の横を軽く押し上げて、口を開いた。


「あそこにいるのはウラルフクロウですね。英名がUral owlなのでそう呼ばれていますが、日本でいうフクロウと同じ種類です。白地に褐色のまだら模様が入っている羽で、ハート型の顔盤がんばんに黒い虹彩こうさいの目。野生のウラルフクロウは日本の九州以北に生息していて、世界的には北ヨーロッパから日本にかけてのユーラシア大陸中央部に生息しているそうです。もちろん現在は、野生のフクロウを捕らえて飼うことは世界的に禁止されているので、こちらのフクロウは人工繁殖された個体でしょうが、フクロウといえば日本人はやっぱりこのフクロウをイメージしますよね」


 突然饒舌になった女性を、後ろで店員と店長が目を丸くしながら見つめている。

 そんな二人を気にとめず、彼女は隣のくぼみにとまるフクロウに目を移した。


「あれはカラフトフクロウ。英名はGreat grey owl。フクロウの中でも最大級の大きさで、バームクーヘンのような模様が入った大きな顔盤が特徴です。野生では、北ヨーロッパからシベリアにかけてのユーラシア大陸北部、北アメリカ大陸の北部などの寒い地域に分布しています。聴覚が優れていて、雪の中にいる獲物も見つけることができると言われていますね」


 続いて女性は、隣の木にふたつ空いたくぼみへと目を向けた。


「あちらにいるのは、ミナミアフリカオオコノハズク。英名はSouthern white-faced owl。小型のフクロウで、耳のような羽角うかくとオレンジ色の虹彩を持つ大きな目が特徴です。野生では名前の通り、アフリカ大陸の南部に生息しています。そしてこちらはコキンメフクロウ。英名はLittle owlと呼ばれている小さなフクロウです。野生では、ヨーロッパから中国にかけてと北アフリカの広い範囲に分布しています」


 そこまで言って、女性はハッと身体を震わせて動きを止めた。恐る恐るといった様子で後ろを振り返ると、店員と店長が呆気にとられた様子でこちらを見つめている。

 女性は頬を真っ赤に染めて、頭を深々と下げた。


「す、すみません! つい、夢中になってしまって……」


 カウンターの奥から出てきた店長は、手を振って笑みを浮かべる。


「いいのよいいのよ。それよりあなた、フクロウに詳しいのね」

「い、いえ……。ここに来る前に少し調べただけで……」


 顔を上げた女性は、恥ずかしそうに目を泳がせる。

 それからなにか思い出して、再びフクロウたちのほうを見る。壁にあるくぼみは五つ。とまっているフクロウは四羽。


「あの、このお店にはもう一羽いるんですよね? 確か、白い……」


 調べた情報を再確認しようと、女性はスマホに目を落とす。

 けれどもページを見つける前に、店長が声を掛けた。


「えぇ、もう一羽いるわよ。でも、あの子は……」


 そう言って視線をやる先へ、女性も顔をあげて目を向けた。

 カウンター席の上に、グラスの置かれた飾り棚が設置されている。その棚の隅に、一羽の茶色いフクロウが首をすくめて縮こまっていた。

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