ふくろうカフェの夢狩り梟
宮草はつか
プロローグ
0-00 欠けているもの
天井が崩れ、廃墟と化した宮殿の中で、獣の雄叫びが響いた。
三日月の光が注ぐ大広間に、背から翼を生やした青少年たちが並び立つ。
視線の先には、六メートルは超えるであろう巨大なトラが双眼をぎらつかせていた。
「みなさん、行きますよ!」
真ん中に立つ青年の声を受けて、それぞれが片手を胸に当てる。カフェ店員のような白いワイシャツに紺色のベストやエプロンを身につけた彼らの手首には、色の異なる結晶がはめこまれたブレスレットが付けられていた。
「「「夢よ導け!
言葉とともに、ブレスレットの結晶が鮮やかな光を放ち、彼らの身体を包み込む。
それは一瞬の出来事で、光が収まった後には、さきほどとは違う姿が並び立っていた。
「来る夢を待つ者――
らいむと名乗った青年は、まるで女王のような真紅の衣装に身を包む。ルビー色の首飾りがきらめき、裾の長いロングコートが
「初めての夢を咲かせる者――
はっさくと名乗った青年は、まるで王のような漆黒の衣装を身につけている。頭に金の
「新たな夢へ巣立つ者――
すだちと名乗った少年は、まるでメイドのような濃い青色の衣装に身を包んでいる。花の咲いたカチューシャを頭につけ、フリルに縁取られたエプロンドレスが揺れる。手に鎖鎌を持ちながら、ツインテールの髪をなびかせ身体をくるりと一回転させる。
「甘美な夢を見せる者――
みかんと名乗った少年は、まるで兵士のような淡い黄色の衣装を身につけている。頭を覆うベレー帽をかぶり、迷彩柄の帯びた制服を着ている。小柄な身体の両手にはそれぞれ拳銃を持ち、不敵な笑みとともに頭上へ向かって発砲音を響かせる。
「夢に巣くうもの、未来へ美しく咲きなさい。夢のふくろうカフェ『
真ん中に立つらいむがナイフをトラに向けながら言葉を紡ぐ。同時に、右側に立つみかんとはっさく、左側に立つすだちが翼を広げた。
トラは再び咆吼を上げ、身をわずかに屈めたかと思うと一気に跳び上がり、らいむたちに襲いかかってくる。
彼らはさっと翼を羽ばたかせ、迫り来るトラの牙を避けた。夜空を音もなく飛び回り、それぞれの武器を駆使して連携を取りながら、トラへと攻撃を仕掛ける。
「す、すごい……」
繰り広げられる攻防から少し離れた場所。
大広間の壁際に一人の青年が立ち、口を半分開けながら目の前の光景を見つめていた。
黒い瞳が憧れの眼差しで見開かれている。肩下まで伸びた茶髪を襟足で結び、背には茶色い翼が生えている。服はカフェ店員のように白いワイシャツを着て、紺色のベストと腰に小さなエプロンを巻いていた。
「ぼくも早く、あんなふうに……」
呟き、目を落とす。右の手首にはブレスレットが付けられているが、はめこまれた結晶はまるでガラス玉のように透明で何の色も帯びていない。
「ゆず! どこ見てんのさっ!」
突然、自分の名前を呼ばれ、青年はハッと顔を上げた。
視界に映ったのは、こちらの存在に気づいて走ってくる巨大なトラ。
翼を羽ばたかせ、飛んで逃げればいいのはわかっている。けれども身体が反応できず、その場から動けない。
トラは目前に迫り、前脚を上げて鋭利な爪を振り下ろそうとする。
「ゆず!」
次の瞬間、身体が横に押された。
視線を横に向けると、真紅の衣装を身にまとう青年が片手をこちらに伸ばしていた。上空から飛んできて、押し飛ばしてくれたのだ。
――らいむさん!?
言葉が声になる直前、振り下ろされたトラの爪先がらいむの肩を裂く。
ゆずの目に、月光に照らされながら飛び散る血の色が、ありありと映った。
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