第1話

メッセージが届きました

友達に追加しますか?


『久しぶり、元気?』

『山ちゃんから連絡先教えてもらちゃった笑』


 スマホの通知音に気が付き、画面を見ると懐かしい名前とメッセージが表示されていた。実に5年ぶりくらいだろうか、連絡先を消したはずの元カノからだった。


『会いたい』


 続けざまに送られてきた4文字は僕の感情を揺さぶるのに十分すぎた。

 人生で初めての彼女。社会人になり程なくして別れた。

 1年ほど付き合い「合わないね」と、フラれた。


 僕と別れた2年後には新しい彼氏ができていたのは、友達から言われて知っていた。


 タッタッタッタッタッ、ポポポポポ

 タッタッタッタッタッ、ポポポポポ


 打ち込んでは消して。打ち込んでは消して。

 フリックボードの上で親指がタップダンスを踊る。


『久しぶり』

『空いてる日ある?』


 大きな息を吐き、送信ボタンを押した。


『来週なら土日どっちも空いてるよ』

 

 40分後帰ってきた返信に、律儀に40分空けてから返信をした。


『じゃあ土曜日で』


 お店を19時に予約し、カレンダーに丸を付ける。

 もう、土曜日が待ち遠しくて仕方がなくなっていた。


***


『ついた』


 車を停車させメッセージを送る。

 待ち合わせの時間より5分ほど早いが、すぐに左手側の一軒家の扉が開いた。

 長い髪にロングコート。革のロングブーツからのぞかせる生足。

 何もかもが大人になった元カノがいた。


 手を振りながらこちらに向かってきて、車に乗り込んだ元カノになんだか懐かしいような、嬉しいような、緊張するような、不思議な気持ちになった。


「久しぶり、ありがとね」

 

 声と柔らかい笑顔だけは何一つ変わっていなかった。


「あ、この曲流行ってるよね」


 鼻歌を口ずさみながら頭を揺らす、そんなところも変わっていなかった。


 車内では緊張してどこかよそよそしくなる僕に、元カノは以前と変わらない態度で「ねぇ、聞いてよ」なんて愚痴をこぼしていた。

 

 いっぱい喋って喉が渇いたと、バッグから水筒を取り出す元カノに何が入ってるのかを聞くと白湯と答えたので、なんだか、それがおかしくて笑った。


 30分ほどで予約したお店に到着。

 レンガ造りの落ち着いた外観が、優しい黄色の間接照明で照らされていて、入口の周りには小さな水路があり心地の良いせせらぎを奏でている。


 店内は木造のつくりになっていてヒノキのいい香りで包まれていた。

 正面にあるカウンターには高そうな日本酒やらワインやらのお酒がきれいに陳列されている。


「予約してた小野です」


白い割烹着を着た品のよさそうなおばあさんが「お待ちしておりました」と、にっこりと笑い、竹網に囲われた個室へと案内された。


竹網が蒸籠せいろみたいに見えたから「なんか小籠包になった気分だね」と、僕が言うと「なにそれ」と、くすくすと笑ったのでなんだか嬉しくなった。


 メニュー表を二人で眺め、本日のおすすめのイカの刺身と山菜の天ぷら。あとは、温かいそばとざるそばを注文した。


 僕がセルフサービスのお茶を2人分運んでくると、元カノは「小籠包になった気分」と、ぼそっとつぶやきくすくすと笑う。


「なに?」

「いや、なんかツボに入っちゃて」


 口元に手を当てて、肩を震わせている。それにつられて僕も笑う。


「なんか変わってないよね」

「そうかなぁ」


「全然変わってない!」

 いいところも、とボソッとつぶやいたのに気が付いたがあえて触れなかった。


 少し緊張していたが、懐かしいやり取りに緊張が解けていくのを感じ、それをきっかけに思い出話や同級生の話に花が咲いた。


「おーいーしーそーぉお!」


 注文した料理が運ばれてくると、元カノは目を輝かせ子供のようにはしゃいだ。

 見た目は、こんなに大人っぽくなったのに高校生の時と変わっていないことがそのギャップも相まって思わず笑う。

 はっ、とした表情をしたかと思うと目を細めこちらをにらむ。それに思わず、素直にかわいいと思った。


 もう食べれないと元カノが言うので少し残った温かいそばを食べていると、元カノは定員を呼び、ずんだのアイスを注文した。

 目は口ほどにものを言ったのだろうか、思わず目を向けると「デザートは別腹なの」と彼女は笑い、僕は呆れた笑いがこぼれた。


 楽しい時間はあっという間で、気が付くと3時間半も時間が経っていた。


 会計を済ませ車に乗り込む。

 帰り道の車内では、付き合っていた頃の話をするから、なんだか懐かしくて昔みたいに戻れたらな、なんて心の中で思っていた。


「私、彼氏と別れたんだ」


 急にそんなことを言い出すもんだから、「そっか」としか言えなかった。

 しばらく、沈黙がつづいたがスピーカーから流れるあいみょん曲のせいなのか、街灯や車のライト。雰囲気も相まってなのか、つい「俺のことどう思ってんの?」なんて口にしてしまった。


「普通に友達だよ」


 もしかしたらを期待していただけに、「そっか」としか言えなかった。きっと、ぎこちない笑顔をしていたと思う。自分でも顔が引きつっているなと思った。

 心情を悟られないように必死に違う話題で会話をつなげたが、その後の会話は全く入ってこなかった――。

 


 ただの懐かしい思い出。それで終わらせたいのに『また、行こう!』なんて送られてくるもんだから。


 あの日を忘れない僕がいた。

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あの日を忘れられない僕がいた 沖野 紅 @onoko

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