16
街中に魔物が現れて、シャールの護衛とシャール本人が襲われたことは、瞬く間に学院中どころか街中に広まった。
去年は学院のみがターゲットだったが、今回は魔物の出現場所が街中だ。
どこも夕方前には店が閉まるようになり、夜は魔特兵か警備兵か酔っ払いくらいしか出歩かなくなった。
そんな日々がふた月ほど続いたが、シャール達の一件以降魔物は現れず、人々の警戒が緩んできた頃だった。
僕とシャールは、第一王子殿下に呼びつけられた。
何をおいてもすぐに来い、という確固たる命令だ。
王族に命令されては、貴族といえど逆らえない。
「すまん」
命令はシャール経由で通告された。召喚状を形式通りに読み上げた後の、シャールの第一声が謝罪だった。
「気にしないで。直接対決なんて上等じゃないか」
顔を伏せてしまったシャールの肩を気安くぽんぽん叩くと、シャールは無理矢理笑みを浮かべてみせた。
王族とはいえ、授業のある学院生を平日の真っ昼間に呼びつけるなんて横暴が許されるのか。
学院から王城までは馬車で一日の距離だが、王城で何を命ぜられるのかは不明なので、何日かかるかわからない。
僕とシャールは先生たちに相談し、予習すべき内容を教えてもらい、更に僕たちがいない間の授業の内容を纏めた書類を作ってもらうことにして、揃って王城へ出かけた。
シャールの護衛さんや侍女さんは勿論、カンジュも当然のようについてきた。
護衛さんのうち五人が乗った馬車と、僕とシャールとカンジュ、護衛さん二人が乗った馬車は順調に進み、あと少しで王城というところで、賊に襲われた。
馬車が止まったとおもったらカンジュが馬車から飛び降り、外で戦闘音がしはじめた。
続けて出ようとした僕とシャールを止めた護衛さんが外を確認して「もう大丈夫ですよ」と僕たちに宣言し、客車を出た頃にはもう先行していた馬車に乗っていた護衛さん達とカンジュによって終わっていたのだ。
ふと入学式前のことを思い出した。
あのときの賊は悪質かつ何人も被害者が出ていたため、全員縛り首になったそうだから、今回とは全く関係ないだろう。
「王城の近くでこれは、きな臭いなぁ」
縛り上げられていく賊を、シャールが眉を寄せながら見ている。
王城というからには、国王陛下は勿論、王族の殆どが住んでいる、国の中でも一番厳重に警備されている建物だ。
「今どのあたりだ?」
「あと一時間ほどです。ギリギリ範囲外ですね」
範囲というのは、厳戒体制が敷かれている場所のことだ。
ただし、一般には「ここからここまで」なんてはっきりとは知らされていない。
こんなスレスレのところで馬車を襲うなんて、よっぽどの手練れか……。
「狙われたな。まあいい、このまま行こう。遅れると難癖つけられる」
僕たちは被害者だというのに、遅れたらこちらが悪者扱いされるなんて理不尽にも程があるが、例の第一王子なら言いかねない。
賊は全部で二十人。多すぎるので、馬車には詰め込めない。
護衛さんのうち二人がこの場に残り、更に一人が二頭引きの馬車の馬に鞍を着けて王城に早駆けしていった。
空いた座席に賊の頭っぽい人を乗せ、馬車は再び王城を目指して進んだ。
城へ到着し、門兵へ命令状を見せると、厳つい門兵は困ったような顔をした。
「来城される方は全て事前に知らされておりますが、貴方がたのことは聞いておりません。命令状は正式なものに間違いないので……しばらくお待ち下さい」
そう言って、どこかへ行こうとしたのを止めたのはシャールだ。
「どうか、第一王子殿下ではなく、陛下か宰相閣下、または話の分かる方に確認して頂けませんか」
門兵はすぐに頷いた。
通されたのは、宰相閣下の部屋だった。
当代の宰相閣下は歴代で最も若い二十八歳で就任し、現在三十四歳。僕らの父親とそう変わらない年齢だが、目の下には大きな隈ができていて、随分老けて見える。
それでも、身体を鍛えているのか姿勢がよく、清潔感あふれるイケオジだ。
「印は第一王子のものに相違なし。しかし、来城予定はなし、と。道中何かありませんでしたか」
「ありました」
主に話しているのはシャールだ。
僕は部屋に入れてもらえたが、護衛さん達とカンジュは外で待っている。カンジュ達は入室を断られたのではなく、外を警戒するためだ。
シャールが賊のことを話すと、宰相閣下は頭を抱えた。
「これはもう、決定的……いや、決めつけはいけませんな。一応、第一王子殿下には確認を取りますが、本人からは良い返事は来ますまい。それにしても、学び舎で過ごすはずの学生をこんな時間に呼びつけるなど、言語道断。陛下に報告しておきます。長旅の上に賊に襲撃されたとあってはお疲れでしょう。私の権限で貴賓室の利用許可を出しますので、もうしばらくお待ちを」
宰相閣下がベルを鳴らすと部屋に侍従らしき人が三人入ってきて、それぞれ指示を与えられて退出していった。
そして現在、僕はシャールに与えられた貴賓室で、シャールと面と向かっている。
僕、カンジュ、護衛さんの一人ひとり全員にも貴賓室をあてがわれたが、カンジュは僕と同室を希望し、護衛さん達も遠慮して二部屋だけ借りている。
今この部屋には僕とシャールだけだ。
「宰相閣下も頭悩ませてるんだね」
あの目の下の隈の一因は、第一王子に違いない。
王になる気が無いどころか、ちょっと王位に興味を示しただけの十一歳児に賊を差し向けるなんて。
そもそも王族が民どころか悪人とつるんでるなんてことになったら、王位継承権剥奪もあり得る。
「考え無しなところがあるからな、あの方は。それにしても、呼びつけた理由がアレだったのなら、こちらの護衛を舐め過ぎだ」
カンジュの実力は僕がよく知っているし、シャールにも伝えてある。
護衛さん達は先日魔物に遅れを取ったり等、一人ひとりの能力はカンジュに劣るようだけど、決して弱くはない。
それに、何と言っても数が多い。
今日みたいなときや学院には基本七人しかいないけれど、シャール専属護衛は総勢で五十人近くいるそうだ。さすが公爵家。
「あとは、このまま大人しく帰してもらえるか、だね」
僕の不安はこれに尽きた。
始末するのが目的で呼び出したのなら、何が何でも足止めしてくるだろう。
「そこは安心してくれ。宰相閣下が陛下に伝えると仰っていただろう。陛下は話の分かるお方だし、宰相閣下も俺たちの味方をしてくれている。早ければ明日には……いや、楽観的なことは言えないな。ともかく、なんとかなるさ」
シャールはそう言って用意された紅茶をくいっと飲み干した。
翌日、僕たちは謁見室へ呼ばれた。誰と謁見するかというと、国王陛下御本人だ。
入室すると正面に、威厳のある男性が座っていて、その隣にはすらりとした体格の青年が立っていた。
威厳のある男性が陛下で、青年は第一王子だろう。
陛下は確か御年四十五歳。年相応の風貌に、シルバーブロンドの髪と金色の瞳が王族であることを物語っている。
青年の方も同じ色をしていて、かなりの美男子だ。しかし、口元に浮かべた厭らしい笑みと、全身から漂うなんだか嫌な空気が台無しにしている。
人をあまり外見で判断するのは良くないと思うのだが、第一王子は一見して「こいつは絶対信用ならない」と僕の中のどこかが声高に宣言した。
決して、僕以上のイケメンに嫉妬したわけではない。
「第一王子がそなたらをここへ呼んだという件だが、こやつの手違いによるものであった」
陛下に挨拶をして顔をあげると、陛下にこう言われた。
僕たちはまだ挨拶以外の発言を許されていないので、黙って聞くしかない。
「いやー、ごめんね? 貴族学院の成績優秀者が気になるなぁ~って僕が側近に話したら、側近が勘違いして呼んじゃったんだよね。側近は首にしたからさ、許して」
陛下に目配せされた第一王子はいい声で、王族とは思えないほど軽薄な仕草と物言いをした。
片手を鼻の前に立て、腰を曲げて軽い謝罪をしてきたのだ。
つまり、僕たちを呼んで賊をけしかけた件は、側近さんの誰かに罪を押し付けてもみ消したってことか。
「あと賊に襲われたんだって? 大変だったね~」
賊は無関係であるとアピールしたかったのだろう。へらへら笑いながら言われても、労われている感はゼロどころかマイナスだ。
まだ何か言おうとした第一王子を、手を横に出しただけで止めたのは国王陛下だ。
「……学業の邪魔をした詫びは、また別に贈ろう」
陛下が手を挙げると、僕たちは謁見室を退場させられた。
謁見時間は、およそ十分。殆どが僕とシャールの挨拶の時間だった。
学院から城への往復時間が二日もかかることを考えると、巫山戯た顛末だ。
隣からギリギリと聞き慣れない音がすると思ったら、シャールが思い切り歯ぎしりしていた。
あの第一王子の態度が我慢ならないのだろう。
僕だってそうだ。
シャールが先に「遺憾の意」を表明してくれたから、僕は逆に冷静になれた。
僕がシャールの肩をぽんぽんと叩くと、シャールは歯ぎしりを止めて僕を見た。
「本当に、巻き込んですまない」
僕は首を横に振った。
「それはいい。それより……学院へ帰ろう」
この場であれこれ言うのは得策じゃない。そういう意味で言うと、シャールも意を汲んでくれた。
結局、僕たちは三日間学院の授業を休んだ。
なんだか久しぶりに思える教室へ入ると、僕たちが王城へ呼ばれたことは貴族ネットワークで知れ渡っていたようで、特に王城へ行ったことのない女子から、第一王子についてあれこれ聞かれた。
正直に「僕より美男子だった」と教えると、女子たちは黄色い声を上げたが、あれはやめたほうがいいと思うよ。
「どうしてあいつを褒めるんだよ」
シャール、遂に第一王子の呼び方が「あいつ」になっちゃったよ。
「容姿についての個人的な感想しか言ってない。褒めたつもりはないよ」
「確かに」
授業三日分の遅れは、先生たちが纏めてくれた書類を使って、この日のうちに取り戻した。
本当に、頭の出来が良くて助かる。
僕たちが城へ出かけてから数日後、寮の自室に国王陛下の印が捺された紙包みが届いた。
あの第一王子の一件があったから、たとえ陛下の印が捺されていても信用ならないとばかりにカンジュが隅々までチェックを入れてから、それは僕の手元にやってきた。
包みの中身は、分厚い本だった。
「魔術大全?」
「魔術大全!?」
表題を読み上げると、カンジュが仰け反った。
「これ何?」
「その名の通り、この世の全ての魔術が記されているという書です。王家と一部の高位公爵、そして賢者と認められた者以外は閲覧もできないはずのものですが……書状がありますね。ええと、一部を抜粋した写本だそうです」
「へぇえ!」
千ページはあるのに、これでも抜粋なのか。
「でもどうして、陛下がこれを? お詫びの品にしては重たいんだけど」
僕はページをぱらぱらと捲りながら、カンジュに問いかけた。
「恐らくですが、陛下は若様の本当の魔力量をご存知なのでは。未来の賢者に贈るものとしては適切です」
「そっかぁ。シャールには何が届いたんだろう……っと、ご本人登場だ」
部屋の扉をノックする音がしたと同時に気配を読み、シャールだとわかったのでカンジュに扉を開けてもらった。
「ローツェ、陛下から詫びの品っつって高級茶葉が……なんだその本」
「これ」
シャールに本の表題を向けると、シャールは首を傾げた。
「ん? 文字が書いてあることは分かるが、読めん」
「え? カンジュは?」
「若様が読み上げてくださいましたのでわかりましたが、先程中身を見たときは、何が書いてあるのかさっぱりで」
「魔術でもかかってるのかな。魔術大全だよ」
「魔術大全!?」
シャールがカンジュと似たような反応を示した。
そして、何故これが僕のところに届いたかという見解も一致していた。
「俺のところには、この茶葉を定期的に贈るって書状がついてたんだ。で、お前は魔術大全か。王族の詫びの品なら妥当だろう」
僕の前には、王室御用達の高級茶葉で淹れた紅茶が置かれている。遠慮するカンジュにもシャールが押し付けた。
「……うん、流石に良い香りだ」
「美味しいけど、僕たちまで貰っちゃっていいの?」
残念ながら、魔術大全の中身はどうやっても伝えることが出来なかった。読もうとすると口が開かなくなり、手書きで写そうとすれば手が動かなくなるのだ。
「俺が貰ったものだから、俺の好きにする。俺は、ローツェ達と一緒にこの茶葉を楽しみたいんだよ」
「なるほど。じゃあ僕も、この本で得た魔術は僕が使いたいように使うよ」
「そうしろそうしろ」
いつものささやかなお茶会は、夕食時になるまで続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます