帰宅
馬車に揺られるまま、気がつけば俺の家――宮殿の前についていた。
「源様、到着しました」
「あぁ、ありがとう」
ここまで運んでくれた御者に対して、適当な返事をしながら車を降りる。御者は「ではこれにて」と言って車を再び走らせた。
「ん……これは」
ぽつりぽつり、と水が頬を伝う。夕立か。始めは小雨だったそれは、次第に強くなっていく。早く家に帰らなければ。そう思うのに、体が動かない。
あまり帰りが遅いと、家で隠れている空が不安になってしまう。
明日は葵のところへ行かないと、彼女が心配してしまう。
「――しんどいな」
前世では感じることがなかったしんどさが、どっと肩に乗る。その重さは、一度でも自覚してしまえば忘れることなどできなくて。
あと一歩で家の中、というところで俺の体を留めさせた。
「源様?」
「……陸か」
すでにずぶ濡れになった俺に、雨でかき消えてしまいそうな小さな声を掛けたのは陸だった。両手にパンパンになった風呂敷を下げている。
「どうしてそんなになっておられるのですか?」
「――いや、なんでもないよ」
両手の塞がれている陸に代わって、家の扉を開けてやる。
「ただいま帰りました!」
「なぁ陸」
「はい、なんでしょう」
「しばらく……そうだな、僕が帰って来いと言うまでこの家の下人に休暇を与えると伝えてくれないか?」
「……? はい……あ、でもその場合ぼくはどうすれば」
「陸は――惟光、という男のもとで手伝いをしてくれ。詳細は後で話そう」
「わかりました!」
重そうな荷物を持ったまま、陸は駆けていく。従順で助かる。
「空、いるか」
「はい、ここに……って、どうしたのその姿!?」
部屋に入って声をかけると、押し入れの中から空がすっと顔を出す。ずぶ濡れの俺に驚きの声を上げた。
「すぐに拭くものを――っ!?」
慌てて部屋から飛び出そうとした空を、後ろから抱きしめる。
「空、俺はどうすればいい」
「どうすればって……」
「俺の野望は、果たさないほうがいいのか……? 葵との約束だって、できるのか……?」
雨で濡れた衣服が奪い去ったぬくもりを求めるように、抱きしめる力を強くした。
「またみんなを苦しませるのは嫌なんだ。俺のせいでみんなが傷つくのは……」
「なら、一生このままワタシとここで暮らす?」
俺の弱音に、空は甘い誘惑を繰り出す。このままここで、空と……。
「悪くないな」
現状、記憶が戻っているのは空と緒音だけ。その中でも、俺の気持ちをわかってくれるのは、きっと空だけだろう。
下手に他の女の子と関わって、傷つけてしまうくらいなら、いっそ。
「ワタシはそんな貴方、好きじゃないけれどね」
「……は」
「ワタシが好きになったのは……あまり認めたくないけれど、ハーレムを目指して全力の貴方よ。こんなずぶ濡れで、なんの意志も感じられない貴方に求められたって、少しも嬉しくない」
「じゃあ! どうすれば!」
「それは貴方が見つけること。これは貴方の物語」
「ふざけんなよ……」
外の雨が強く降る音にかき消えた声が、空に拾われることは無く。下人たちへの命令を伝え終えた陸が手拭いをもって来るまで、ずっと抱きしめたまま立ち尽くしていた。
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