呼び出し

「大変です! 乳母様が!」


 それは、緒音が帰ってすぐのことだった。


「落ち着いて」


 肩で息をする従者をなだめて、ゆっくりと次の言葉を待つ。酷く慌ててやってきたことがわかった。


「そ、そのっ、乳母様の病気が悪化して……乳母様が源様を呼んでくれ、と」

「なんだとっ!」


 乳母。それは俺の育ての母だ。生まれてすぐに産みの母が死んだ俺は、幼少期乳母に育てられた。彼女はこの世界において、唯一俺を子供として扱ってくれた存在だ。

 父親である帝は俺を帝の子として扱っていたし、他の従者たちも同じだ。俺をただただ子供として扱ってくれる存在は、かなりの救いになっていた。


「今すぐ車を出せ!」


 廊下に飛び出してまっさきに目に入った従者に怒号を飛ばす。

 いつもはクールぶって叫んだりしている様子を見たことがない従者は、酷く驚いた様子だったが、すぐにただことではないと察したのか、慌てて駆けていった。

 俺はすぐに外出する用意をする。


「旦那様が慌てるなんて初めて見た」

「そりゃ、ただ事じゃないからな」


 従者がいなくなったことを確認してから、空が出てきた。俺の着替えをテキパキと用意してくれる。


「それじゃ、気をつけていってらっしゃい」

「あぁ、ありがとう」


 空に心からの感謝を述べて、部屋を飛び出す。外に出るとすでに馬車が用意されていた。流石は俺の従者、理解が早くて助かる。


「乳母の家まで! 最速だ」

「わかりました」


 馭者に命じると、すぐさま車は乳母の家に向かって走り出した。ガタガタと車を揺らしながら、全速力で走る。


「死なないでくれよ」


 誰に言うでもなく、ここまで本気で祈ったのは初めてかもしれない。

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