夕顔

六条緒音、再び

「意外だったわ」

「……何が?」


 突如俺の家を訪れてきた、眼の前に座る六条緒音が言う。

 部屋に二人きり。なんとも言えない緊張感が部屋に漂う。


「だって、まさか空が貴方の物になるなんて」

「……そりゃ、元々俺の女だったからな。当然だ」

が書き換わった。わたしの考えてた未来像が狂う」


 緒音は、俺に向かってではなくどこか虚空に向かって呟くように、独り言のように言った。緒音は、俺を見ているようで俺を見ていない。それがわかる。

 未来像。今ではなく、もっと先。どれだけ先かわからないが、緒音には緒音でなにか描いている未来があるのか。俺と同じように。


「本当ならね、空は貴方の前から姿を消すの。そして二度と会えない。だからわたしのブラックリストには入っていなかった」

「……」


 それは、想像しているというより知っている、という表現のほうが似合っていそうだった。


「狂った理由は唯一つ。人格の発生……空が転生したこと。空の人格が混じったことで、ある意味元いた空は死んだ」

「は……?」


 空が、死んだ? 何を言っているんだ、この女。空は確かに生きていて、今も俺の部屋で隠れている。


「だってそうでしょう? 貴方が始めて関わった時、空は旦那にバレるかどうかヒヤヒヤしてた。けれど、今はそうじゃない。それは、見た目が同じなだけで中身が変わってるから……例えばそうね、本のカバーは同じでも本自体が違う。そんな感じ」

「それは」


 違う、とは言い切れなかった。確かに見た目は変貌していない。けれど、空は中身が全く違う。入れ替わる前の空の記憶は残っているというものの、人格それそのものは前世のそれだ。


「だから、空は死んだの。もしかしたら、葵ちゃんも……」

「ッ!」


 あり得るかもしれない未来。前世の葵の人格が今の葵に宿り、今の葵が消える。

 そうなればきっと、今の葵と同じように接することはないだろう。見た目と中身、どちらも前世の葵となってしまえば、話し方も癖も、何から何までが変わってしまうから。


「空がああなった理由がわからない。だから、対策のしようもない。わたしとしても面倒なのよね、前世の彼女たちの転生は」

「なんでだ?」

「一度刃を突きつけてきた人間を、信頼できると思う?」


 緒音の体は小さく、しかしながら確かに震えていた。


「あの時は、ある程度の信頼があったから警戒されずに殺せた。けど、前世の記憶が戻ってしまったら話は変わって来る」


「どれだけ言葉を尽くそうと、行動で示そうと。一度でも傷つけれたら、その記憶は一生残り続けて、蟠りとして残り続けるの。もう二度と、同じ関係には戻れないの」


 それは後悔か、懺悔か。語る緒音の言葉の裏には、それに似たような感情が隠れている気がした。


「――だからなんだって、話よね。わたしは間違いなく、もう一度彼女たちを殺す。機会が訪れたらいずれ」


 一瞬だけ見えた感情は、すぐに隠れてしまう。彼女が求めているものが、したいことがよくわからない。何より、考えることが多い。空のこと、葵のこと。もしかしたらこれから出会うかもしれない、女の子たちのこと。

 もしかしたら、ハーレムを作ろうとしないほうが彼女たちのためになるかもしれない。これ以上何かをして、彼女たちをまた殺してしまいたくない。


 今まで突き通すことのできていた信念に、始めて迷いが生じる。


 それは恐れ。緒音に殺されることなんかよりずっと怖い。彼女たちが俺のせいで死んでしまうことが。


「なあ、俺は」

「貴方からそんな言葉は聞きたくない」


 俺の声を遮って、緒音が立ち上がる。もうこれ以上話すことない、と言外に告げていた。


「またね、光」

「あぁ……」


 緒音はちらりと俺のことを振り返ると、それだけを言い残して部屋を出て行く。


「どうすればいいんだ、どうすれば、お前たちを助けれられる」


 遮られた言葉は、誰かに届くことはなく……ただ響くのみだった。

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