終章、閑話
「調子はどうだ、空?」
布団に横たわる空に問いかける。
一夜にして行われた空の誘拐は、それなりに世間を賑わせた。なにせ、それなりに地位のある貴族の嫁が連れ去られたのだ。無理はない。
萩が犯人は俺だと騒ぎ立てるかもしれない可能性はあったが、俺に疑いがかかってこない以上、どうやら萩は黙ってくれているらしい。
「問題ないわ。むしろいいくらい」
宮中にある俺の家は、空を隠してもバレるかもしれないと考えたものの、ここ以外に隠す場所もなかったので、ここへと連れ込んだ。
三ヶ月ほど経った今でもバレていないので、これもまた問題ない。緒音あたりは気づいていそうではあるが……大した問題じゃない。
一番問題だったのは、空の精神状態だった。原因や理屈はよくわからないが、オレと関わった数日後、この世界の空と、前世の空が混じり合って二重人格のような状態になっていた。昼はこの世界の空、夜は前世の空……そんな感じで入れ替わっていたようだ。
それも今は落ち着いて、これといった不便はなく暮らしている。
しかし、こんな生活がいつまでも続くとは限らない。早急にこことは違う場所に俺の家を新たに用意する必要があるが……どうも気に入る立地がない。それに、俺が帝になるための足がかりもない。というか空がここにいることがバレてしまえば、たとえ俺であっても皇位継承者としての資格は失われるだろう。
故に、空を匿う場所は必要だ。今後同じような事態に陥った際、二人も三人もここに匿うわけにもいかない。
「そういえば光、貴方のことはなんて呼べばいいのかしら。ずっと光としか読んでいないけれど……源様?」
「あー……」
光、というのは前世の名前であって今の名前ではない。ので呼び方は変えてほしいが……。
「それはなんかちょっと距離あるしありふれてるんだよなぁ」
「あら、それなら――」
空は少しだけ悩むような素振りを見せた後、少しためらって言った。
「旦那様、とかどうかしら?」
「うんそれでいいそれがいい」
旦那様。昔から少しばかり憧れがあったのだ。前世じゃ絶対に言ってもらえるような言葉じゃないからな。
「意外と貴方に刺さってしまったのがなんか嫌だわ」
「おいこら」
「ふふ、冗談。ところで、ずっと気になっていたのだけれど」
先程までの和やかな雰囲気と打って変わって、空の纏う空気が少し重いものになった。空はゆっくりとその重たげな口を開く。
「六条音緒は、こっちにはいるのかしら」
「いる。直接会いもした」
「旦那様は、どう考えているの? 音緒について」
「――」
どう、答えるべきか迷う。音緒が未だに怖いという気持ち、殺されてもなお愛しているという気持ち。相反する二つの気持ちが、同じレベルの大きさで僕の中に存在している。
けれど、どう考えているのかと聞かれれば、それは。
「俺の理想にとって、必要な人だ」
「……そう」
空はゆっくりと目をつむる。空も俺と同じようにこちらの世界に転生したとはいえ、記憶は前世のもの。つまり価値観の殆どが前世のそれであり、俺のハーレムについて理解を示すことは難しいかもしれない。
「わかったわ。ワタシも手伝ってあげましょう。旦那様の理想のために」
「え?」
「なに? ワタシの答えが意外?」
「あ、あぁ……理由を聞いても?」
「別に……また旦那様を失うよりはそっちのほうがいいかなって」
「おわ」
空はそっぽを向いてこちらに表情を悟らせないようにしているようだったが、真っ赤になった耳は、その表情を素直に語っていた。
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