分岐点、繋がる記憶。

 不意に、コン。となにかが布団に落ちる。拾い上げてみると、それは短冊のようなものだった。ちょうど和歌や短歌を書くのに使えそうな……。


「ッ!」


 記憶が巡る。それは存在しないもの。しかし、たしかにそれは己の体験として体が覚えている。

 まさか、思い立ち上がる。このままでは空を失う。このまま、空を諦めることになる。

 荻の拘束をどうにか振り払う。大きな物音で、周囲で寝ている女性含め起こしてしまったことがわかったが、明かりのないここでは俺が誰かもわかるまい。

 急ぎ足で外に出た。月明かりが短冊を照らして、文字が読めるようなる。


『貴方は何者? 空の記憶と、私の記憶が混ざる。あの日からだ。光と関わったあの日から、全てが変わった。』


 短冊に書かれた言葉は、別れの短歌でも、悲しみの和歌でもなかった。

 それは思考。それは空という現在を生きる自分と、異世界の自分の記憶との葛藤。今、空は自分がわかっていない。


 先程の俺に流れた記憶はおそらく、。【奏技】みたいな特殊な技能がある世界。きっと空はだったのだ。

 というこの時代を生きていた人物に、俺と関わることで、俺の知る前世の空の記憶――いや、人格が混じった。


 探さなければ。彼女を助けよう。彼女はいついかなる時代、場所においても、俺にとって大切な女の子の一人なんだから。

 まだそう遠くに行っていないはず。今ならまだ間に合う。


 決めつけて、俺は走り出す。走るのにはあまりにも向いていないこの袴をうざったらしく感じながら。月明かりを頼りに、俺は屋敷の外へと出る。


 誰かが馬車に乗り込むのが見えた。馭者が鞭を打ち、馬車が動き出す。


「待て……待てッ!」


 空であって欲しい。空であってくれと。半ば願望に似たそれ。

 願いは聞き届けられたのか、馬車が急停止する。


「空ッ!」


 勢いよく馬車の扉を開け放つ。そこに確かに空はいた。


「ひか……る」


 つぶやかれるのは、前世の名前。それを知るのは現状俺か六条緒音おねのみ。その名前を知ってるということは、俺の前世を知っているということを意味する。


「空。俺と一緒に来い」


 手を差し伸べた。もう逃したくない。


「……」


 一瞬の葛藤を見せる。しかし差し伸べた手を、空は握った。


「あ、あのね……ん……」


 空が辿々たどたどしく言葉を紡ごうとする。きっと、短冊に書かれていたこと以上に彼女は悩み苦しんでいる。それのすべてを俺は取り除こう。


「馭者よ、今すぐへ」


 馬車は走り出す。闇夜に紛れて。


 翌朝、夜逃げが如く何者かが空を攫っていったと、空の家は騒がしくなるが……それは俺とは関係のない話だ。

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