紀伊守邸、再び。

 それからまた数日経って、紀伊守が邸宅を留守にする日。すなわち作戦決行をする日がやって来た。


「源様、こちらでございます」


 夕闇に紛れ、陸に導かれるままに邸宅へと侵入する。想像より上手く行き、誰にもバレること無く侵入できた。



 侵入した場所は縁側のある庭で、縁側のある部屋の扉は閉められており、中を確認することは出来ない。

 陸に柱と柱の間、部屋の方角からはこちらが見えないが、こちらからは見える場所へと案内される。


 案内が終わると陸は閉じられていた扉を叩いて、


「ただいまもどりました!」


 と騒ぎ立てて部屋と入っていく。

 どうやら、中にいる人達の気を引いてこちらに意識を向けないようにと陸なりに考えているらしい。なかなか良い拾い物をしたものだ。


「まぁ、陸。これでは外から丸見えですよ」

「申し訳ありません。しかしながらどうして、こんなにも暑いのに扉を閉めなさるのですか? 開けたほうが――ほら、風が吹いて気持ちがいい……」

「昼から紀伊守様の妹君がお越しになって碁を打っていらっしゃるのですよ」

「なんと、荻姉様が? これは失礼しました」


 荻姉様……?誰だ。全くわからん。しかし、紀伊守に妹がいたのか。

 陸は話しながら奥の方へと入っていく。謝りながらも扉を閉めない辺りが俺への気遣いか。

 姿を見せないようにしている感じから察するに、未婚の女性かも知れない。


「ぜひひと目見たいものだ」


 こっそりと近寄り部屋の中を覗き見ると、暑いからか扉という扉が開け放たれうまい具合に全体を覗き込むことができた。


 中には二人の女性が向かい合って碁を打っている。

 俺から見て右にいるのが空だろうか。下着に濃い紫の綾の単衣ひとえを、上着に上等な小袿こうちぎを丁寧に着用している。顔つきもほっそりとしていて、小柄だ。

 碁を打つ手すら細く、服から腕や手元が見えそうになる度に直している。


 俺から見て左にいる、空と碁を打っている女性は空とは正反対の様子だ。

 白い薄物の単衣ひとえの上に二藍ふたあい小袿こうちぎを無造作に着て、胸元も露わになっており、なんとも締まりが無い。


 色白で、美人顔という言葉がよく似合いそうな顔付きで肉付きが良く、露わになっているその胸元には、男のが詰まっている。彼女が「荻姉様」だろうか。


 よくよく聞いてみると、やれ「お待ちなさないな、そこはでしょう先にこうを決めましょうよ」、やれ「いえいえ、今回はわたくしの負けですわ」などとやり取りをしているのが聞こえる。


 囲碁は少しながら藤から教わっているとはいえ、難しいことはよくわからない。

 ただ、ああやって女性も勝負事で言い争うところは見たことがなかったので、少々新鮮に感じられた。

 普段俺に姿を見せる女性はしっかりとしたただ振る舞いを求められるため、ああしたプライベートを見ることが全くと言っていいほど無いのだ。


 もう少しばかり様子を見ようとしたところで、誰かが出てくるような気配がしたのでさっと傍にあった柱の裏に隠れた。

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