食い違い
やがて朝が来た。
「その」
同じ布団の中で、頭を抱えた空が口を開く。
「このことは、決して人に言わないでください……」
「わかった」
空を正式に俺の妻として迎え入れることができれば、どのみち周囲に知れ渡るのだ。不必要に言いふらす必要もない。
「あー、よくねむったなぁ」
「御車を引き出せー」
鶏の鳴き声とともに他の人達も起きてきて、そんなことを言う。
「女絡みというわけでもありますまい、そこまで急がずとも」
急いで準備する者にたしなめるような声も聞こえてきた。
しかし、どうしたものか。
このままでは、空とはこれきりで会うことができなくなってしまう。
せめて手紙でも交わせば、忘れずにいてくれると思うのだが。
「……実は、伊予介様が帰ってこられたら婚姻の儀を執り行う予定でして……。あぁ、彼が夢に見ていないか恐ろしいです……」
「えっ」
空が青ざめた様子で、心底心配そうにしている。
それは困る。空を他の男に渡したくない。
「いや……待てよ?」
昨日、紀伊守は、
『宮中にて作法見習いとして出仕できないものかと希望を出しておるのですが、なかなか通らず』
なんて言っていなかったか?
なら……やりようはあるかもしれない。
俺のそばにおいて置くことはできないだろうか。
「ごめんなさい、少し紀伊守殿に用が」
言って、俺は立ち上がって着替える。
紀伊守は少し探すとすぐに見つかった。
「これはこれは源様。昨日はよく眠られたでしょうか」
「ああ、とても。ところで、昨日紹介してくれた女の子、宮中で作法見習いをさせたいと言っていたよね、俺が父に相談してみよう」
「はぁ、ありがとうございます」
紀伊守は、少々不可解と言った顔で俺を見る。
なにか間違ったことを言ったのだろうか。
「その、お言葉ですが……昨日の夜紹介したのは、男子でございまして……」
「えっ」
「姉君によく似たのでしょう、夜でしたし見間違えても仕方がない。まだ元服をしていないので。名を陸と」
「あ、あー……」
ようやく、理解ができてきた。
昨日の夜紹介されたあの女の子は、実は空によく似た弟で、声も姿かたちも似ていたと。
紀伊守が、
『いずれは後妻に』
と言っていたのも、おそらくは姉である空のことを言っていたのか。
「……源様、どうかされましたでしょうか」
「いや、ちょっとね……」
どうしたものか。いや、姉であるのなら使いとして送りやすい、か……?
手紙を交わすくらいはできそうだが……そこからどうするか。
おそらく今日明日には空の婚姻の儀は行われる……。
……そういえば、前世の空も結婚していたな。なんだか、懐かしくなった。
あのときの俺は空との関係をどうしようとしていたのか、教えてほしいところだ。
「ふむ、わかった。それじゃあ伝えておくよ」
「ありがとうございます」
紀伊守は深々とお辞儀をすると、足早に去っていく。早速陸に伝えるつもりなのかもしれない。
俺はと言うと、どうしたものかと頭を抱えて出立の準備に向かうのだった。
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