夜更けにて。

「うーん……」


 夜も更け、俺は主人が用意してくれた寝室へと向かったが、どうも眠ることができない。

 案内された部屋は決して狭くなく、俺への気遣いが最大限なされているように思える。

 それなのに眠れないのはどうしてか。

 気になるのだ。

 先程紹介された女の子。

 無意識のうちにどうも惹かれるものがあるらしく、暗がりで見たあの顔が目を閉じてもチラつく。


「ちょっと用を足しに……」


 誰に言うでもなく、言い訳をするように俺は部屋を出る。

 暗闇の中、月明かりを頼りに廊下を歩くと、ふと人の気配を感じた。


「すみません、トイレ《樋殿》はどこでしょうか」


 人の気配のする方へ問いかける。

 別段トイレへ行きたいという訳では無いが、返答の声を聞けば先程の女の子かどうかの判別ができるかもしれない。


「ん……そこをずっと行ったところでございます……」


 俺の質問に眠たげな声で答える。

 返事の声は、例の女の子だった。ビンゴ。


「しかし、随分と近いところでお休みになっておられたのですねぇ、お客様……」

「えぇ、そのようですね」

「そういえば、源様。お噂通り美しかったですわぁ……昼であればもっとはっきりと見ることができたでしょうに」


 思い出すような口調で言う彼女は、どうやら俺が源本人であることに気がついていないらしい。


「では、暗いので足元にお気をつけて……そらはもう寝ますわ」


 言うと、向こうから寝返りを打つような衣擦れの音が聞こえる。

 空……おそらくそれが彼女の名前か。

 一人、同じ名前をもつ女の子が、前世に居た。

 小柄で、とびきりかわいいかと聞かれればそうではないが、クラスに一人はいる、「この子の可愛さを知っているのは俺だけ」感を与えてくれるタイプの女の子だった。


「……――そちらに他に人はおられますか」

「……? いえ……」


 返事を聞いて、周囲の音に気を配る。

 皆寝静まっているのはすぐに分かった。静かに空のいる部屋へと侵入する。


「なぁ、空。顔をよく見せてくれ」


 部屋に入ると月明かりもなくなる。

 たった一つ、灯籠の明かりのみを頼りに空の寝ている布団を探り出し覆いかぶさった。


「や……!?」


 いきなりの行動に、空が怯えたような表情を見せるが、口元が毛布の下にあって声がでないらしい。


「突然で申し訳ないが、あなたの顔をひと目見たときから、こうしたいと決めていた。決して軽い気持ちじゃない」


 手を伸ばし明かりを枕元へと近づける。

 するとようやく、まだ暗くはあるが、初めて見たときよりもはっきりと表情をみることができた。


「な、な……」

「あぁ、やっぱり」


 前世で俺と関係を持っていた女性の一人だった。

 前世の名は、佳奈蝉空かなせみそら


「や、やっぱりとわぁ……!?」


 あばばばばば、と気が動転し、息も絶え絶えといった様子で、絞り出したように言う。


「ひとちがいではございませんかっ」

「そんなことをするわけがない。前世からずっと。慕っているのだから」

「なにをおっしゃっているのか――んぅっ!?」


 わからない、と言う前に話せなくしてやった。

 はじめは嫌がるように俺の体を離そうとしていた腕も、次第に力が抜け、表情はとろけきったものになった。


「い、いけません……空は卑しい身分の女でございます。どうかその違いをお考えください」

「ずっと思ってたんだけど」

「はい?」

「自分の身分が卑しいと思うなら、大人しく上の身分の人に従うのも道理なんじゃないか?」


 言って、もう一度空の口を塞ぐ。

 夜はまだ始まったばかりだったが、夢中になっているといつの間にか夜は開けようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る