紀伊守邸へ
「急なおなりで」
紀伊守邸につくと、家人が少々面倒くさそうに俺たち一行を案内してくれた。
案内された部屋は、いわゆる寝殿造りと言うやつで、庭に導き入れるようにつくられた小さい水の流れがいい。
加えて、田舎にあるような柴垣に、心を込めて手入れされた盆栽などが
風が涼しく、なるほど六条がおすすめするだけあった。
そこはかとなく夏の虫の音が聞こえ、前世にはなかった、夏の虫の良さと言うものを肌で感じられる。
陽が傾いてくると、ポツポツと蛍が姿を表して、それがまた風情を誘う。
俺の侍従たちは、建物と建物を繋ぐ廊下の下から湧き出る泉を見ながら酒を酌み交わす。
紀伊守の主人はというと、酒の肴を求めて小走りしている。
しっかり俺たちをもてなしてくれているようだ。
俺はと言うと、その景色を眺めゆっくりしている……と思わせながら、じっと扉越しに聞こえてくる女性達の声に耳をすませる。
「源様がきているらしいわよ」
「えっ、ほんと!?」
「人目でいいからお会いできないかしら」
なんて声が聞こえてくる。
本当に俺はこの時代、この世界において最強だと思ってもいいのかもしれない。
格子が上げてあって、その様子まで見てみると、みんな若くきれいな女の子ばかりだ。気分がいい。
「おい、不注意だぞ」
それに気がついた突然、紀伊守が声をかけて格子を下げる。
近くに寄ってなんとかみれないかとしてみても、上手く見えない。
仕方なくなにか聞こえないかと耳を澄ますと、
「源様は真面目な方ですわ。お若いうちにご結婚なされて、つまらなくなってしまったけれど」
「えー、でもでも、たまにお忍びで通われる方がいるとかいないとか」
なんて噂話が聞こえてくる。
(やべー、めっちゃ噂されてる……六条の耳に入っても、葵の耳に入っても……葵は大丈夫か、殺したりはしないだろうし)
いったいどこから俺がいろんな女性と遊んでいる情報が入ってくるのかしらないが、あまりいい話ではなさそうだ。盗み聞きはここらへんにしておこう。
しばらくして、いい時間になってくると、紀伊守が来て、灯籠を増やして、くだものなんかも持ってきてくれた。
「寝室の方の支度はできたかな?」
「どのようなものがお喜びになるのかわかりませんので。大したご用意は」
俺が聞くと、主人はかしこまる。
俺がすみっこで横になると、他の人も俺に気を使ってか声をひそめる。
主人の子どもたちが可愛らしい。ロリコンというわけではなく、シンプルに幼子というものは無邪気で良い。
チラホラと宮殿で見かけた子供も見える。
伊予介の女房が来ているだけ会って、その子供もいた。
たくさんいる子供の中で、なかなかに品の良さげな、十二、三歳くらいの女の子が目に止まった。
「あの子はどこの子でしょう」
「あの子ですか。あの子はもう亡くなられた、衛門の督の末っ子でして、大変可愛がられていましたが、幼いときに父屋に先立たれ、姉を頼ってこちらに……」
俺が尋ねると、主人がその女の子にひょいひょいと手招きをしてこちらへと連れてくる。改めて見てみてもやはり、育ちが良さそうに見える。
それと、どこかで見たこともあるようにも見えた。日が落ち、今は灯籠の明かりたちだけではっきりと視認することができない。
当の少女は「??」と不思議そうに疑問符を頭に浮かべている。
「ふむ、幼い頃に親をなくしている割に品が良さそうだ」
「ええ、ですので宮中にて作法見習いとして出仕できないものかと希望を出しておるのですが、なかなか通らず」
「なるほど、あんなに可愛いのに残念だね」
「突然、こうなってしまうというのは、ままあることでございます。定めは浮世のようなもので、大変残念に思います」
「伊予の介は可愛がって大事にしていることだろうね」
「はい、それはもう。いずれは後妻にとでも考えておられるようですが、なにせ男女の仲です。自分には図りきれません」
と、そんな事を言う。
「それでは、自分は寝室のご用意をしてきます」
そう言って主人が部屋を後にする。
それに連れられて、女の子も出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます