「六条御息所」

「六条様、源様と葵様をお連れしました」


 扉を軽く叩いて、蒼が尋ねる。

 扉の向こうからは、たしかに人の気配がする。


(この奥に、六条が……)


 体がびりびりと震える。血の流れが早くなる。鼓動の音が耳に強く激しく響く。


「お入りください」


 声が聞こえた。前世の六条と同じ声だった。


「失礼します」


 扉が開く。


「……――あら、お噂の通りお二人共お美しいのね」


 葵と同じように長く伸ばされた髪は、しかし葵の薄紫の髪とは違って、深く暗く、闇そのもののように黒い。

 しかしその黒は窓から差す光を吸い込むことなく、美しく反射をしており、正しく「絵になる女性」だった。


「いえ、六条様もお美しいですわ。源様と同じ十二歳とは思えないほどに大人びたようすでもございます」

「ふふ、ありがとう。嬉しいわ」


 どちらが歳上なのかわからないほどに大人びた顔立ちは、完全に前世の六条と同じものだ。


「では、蒼はこれにて」

「案内ありがとうね、蒼」

「いえ。では」


 葵と少し会話をしてから部屋を出る。残されたのは三人。

 いきなり葵を刺そうとしないか、内心ヒヤヒヤしながら様子を見る。


「しかし本当にきれいね、ふたりとも。とってもお似合いだわ」

「えっ、えぇ、そんな……そんなこと、あります?」

「えぇ、妬ましいくらいに」


 六条に褒められて、葵はまんざらでもなさそうに頬を染め、その頬を「えへへぇ」と両手で抑える。

 ふっ、と。

 一瞬、六条の髪の毛が逆立ったように見えた。


(やっぱり前世の記憶があると踏んで良さそうだ)


「六条様、貴女は僕と同じ十二歳でありながら、どうしてそこまで才覚あふれるのでしょうか」


 一歩踏み込む。彼女が才女として有名な理由はたった一つ。

 前世の記憶を持ち合わせているからに他ならない。

 彼女は前世でも学内トップの成績。作文の賞を何度も取っていた。


「いえ、これといって特に何も……貴男あなたと同じよ」

「そうですか……」


 右手を唇に当てて、ふっと微笑む。

 俺の思惑を見透かすようなその黒い瞳と意味深な発言を前に、体が固まる。


「それと、わたしの前ではそうやって『僕』なんて言わなくていいわよ。敬語もなしで。同い年なんだし。仲良くしましょ?」

「えっ、あ、あぁ……うん、わかったよ、六条」


 俺の本来の一人称が「俺」であることまで見抜かれている。

 ここまで来てようやく確信が持てた。


「あっ、あの、一応私、源様の妻なので! 私的にはよろしくないというかっ」

「気にしないでほしいわ。特に他意はないもの」

「で、でも……」


 珍しく嫉妬をしているのか、葵が俺と六条の距離感に抗議する。

 それを軽くいなすのは、前世と今世、合わせて二十八年分、精神的には過ごしているからだろうか。


「というか、葵。なんで六条に対して敬語なんだ?」

「それは、その……なんというか、そういう雰囲気のようなものが」

「あら、そう? 別に敬語じゃなくてもよろしいのよ?」

「じゃ、じゃあ……頑張ります」


 誰であっても分け隔てなく……葵の雰囲気は、何も知らなければそう感じ取れるだろう。

 だが、彼女は俺を殺した相手……いくらハーレムの一員として迎えると決意したとはいえ、不安要素は取り除かなければならない。


「葵、少し六条と二人で話がしたいんだが……」

「――わかりました。席を外させていただきます」


 さすがは葵、察しがいい。


「あとでたっぷり埋め合わせしてもらいますから」

「……」


 去り際、葵は俺の耳にボソリと呟いた。

 今夜寝られると思わないほうがいいかもしれない。


「それでは、失礼します」


 葵が部屋を出る。

 パタン、と扉の閉まる音が、完全に室内と室外に分けられていることを意識させた。

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