梅雨明け

 女性談義をした日からそれなりに経って、梅雨が開けた。

 夏入り始めの暑さを感じ、汗がじんわりとにじむ。

 梅雨のときは葵の元へ行くことができない日が多々あったが、今では毎日のように通っている。

 葵に自覚があるのかないのか知らないが、会えなかった分をとりかえそうとしているのか、会いに行くとずっとべったりだ。


「源様、今日はこれをしましょう、これ!」


 当の葵は能天気に、どこからか持ち出してきたいかがわしい本を片手に、前かがみになって今日の夜の予定を立てている。

 姫としての品格はどこへ行ったのか。


「わ、わかったよ……」


 凄まじく食い気味なので、少々引き気味に答えていると、不意にコンコン、と扉を叩く音がした。


「源様、葵様。侍女の蒼でございます」

「……――入りなさい」


 葵は慌てて本を隠し正座になって、いかにも品格あふれる姫、といった雰囲気で返事をする。

 先程までの様子はおいておいて、この品格ある姿は、左馬頭たちが言っていた、捨てがたく実直で頼れる女性というやつだろうか。


「失礼いたします」


 蒼、と名乗った侍女が扉を開けて入ってくる。

 葵の薄い紫色の髪と違って、きれいな黒髪の女性だ。

 葵の侍女としてふさわしいようにされているのか、しっかりと清潔感があり、それなりに教養もありそうにみえる。


「蒼、何かしら」

「はい。六条様がお見えになられています」

「――……っ」


 その名を聞いて、どくん、と心臓の音が体中に響いた。

 六条。前世で俺を刺し殺した女の子と同じ苗字。

 フルネームは、六条緒音。


「まぁ、六条様が?」


 葵が嬉しそうにはしゃぐ。

 この世界に来て、六条という名前を聞いたことがないわけではない。

 六条は、この時代において知識にあふれ、その美しさも相まって、貴族の間では知らない者はいないレベルの有名人。

 葵と結婚する前は、まさか、と思っていたが、改めて聞かされると身構える。

 葵がこの世にいるのなら、同じように六条もいるのだろう。


『またね』


 不意に、前世の最後の言葉が脳裏をよぎる。


「――さま、源様」

「……あっ、あぁ。なに?」


 考え事をしていたからか、葵に話しかけられていることに気がつかなかった。


「全く、私の言葉は一言も聞き逃さないでください。六条様にご挨拶に伺いませんか?」

「……わかった、行こうか」


 いづれは出会う運命。なら、それが今日なのだろう。


「では、ご案内いたします」


 衣装を整えて、蒼のあとを追って葵の部屋をあとにした。

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