式部丞の話

 どうも二人の話、女性への見方は俺と噛み合わない。聞いているだけで気分が悪くなってくる。


「なぁ、式部丞のところには何か面白い話があるんじゃないか? 話してみてくれよ」


 先ほどからずっとだんまりを決め込んでいた式部丞に話を振ってみる。

 もしかしたら、彼が黙っているのは俺と同じく価値観が二人と合わないからかもしれない。

 話を聞けば少しは価値観も見えてくるだろう。


「いえいえ、下の下の身分であります自分にはそのような……」

「そのようなことはありますまい、一つや二つはあるものでしょう」


 将中がまたまた、と茶化すように言う。

 いいぞ、その調子で話させろ。


「ふぅむ……では、自分がまだ今より下の位にいた時の話をしましょうか」


 今より下の位、とは言うものの彼は俺や将中と年齢に大差ない、そこまで前のものではないだろう。


「一人、賢い女と出会いました。先ほどの左馬頭様の話に出たように、公私共にしっかりとしていて、それはもう頼りになりました」

「指でも噛まれましたかな?」


 今度は左馬頭が茶々を入れる。


「いえ、全くそのようなことはなく。その才覚は生半可なものではなく、当時の自分は口出しをする余地もありませんでした」

「ほぉ……それはなかなかに賢いようですな」

「えぇ、本当に。その娘は自分が当時師事していた博士の娘で、少々後ろめたさを抱えながらも通っておりました」

「背徳感というものは心地がよいですからね」


 将中がにやにやと笑う。


「ですがある日、師にそれがバレまして。破門にされるかと思いきや、酒を持ってきて言うのです『俺の娘のどこが気に入った』とね」

「はっはっは! なかなか豪快なお方なのですな!」

「えぇ、とても。それもあってほぼ親公認で通っていたのです」

「ではなぜそれで妻にしなかったんだい?」


 俺が尋ねる。


「それも話しましょう。女は情が深く、今で使うことができるほどの知識を与えてくれました。しかしながら、自分にとってはそれが重かった」

「というと?」

「その恩は忘れませんが、彼女を妻とするには、自分はあまりにも不釣り合いで、学才のない自分の馬鹿な行動をみられたら、恥をかくことになるだろうと思いまして。男というものは、しょうがないですね。女がだめだと男が恥ずかしい。男がだめだと女が恥ずかしいと言って、妻を決めることができないのですから」

「実に面白い女ですねぇ」


 話はもう終わり、という雰囲気の式部丞を将中が拍手をしておだてる。

 すると、少し得意になったのか、鼻のあたりをヒクつかせてまた語り出した。


「久しく通わずにおりましたが、ある時ふと立ち寄ってみたところ、いつもとは雰囲気が違う。自分のことを恨んでいるのかとも思いましたが、この賢い女は、軽々しく恨むような人ではなく、しっかりと男女の仲を弁えている人だと思い至りました」

「本当に指を噛まれるのか?」


「はっは、まさかそのようなことはありませんよ。女は何気ない調子で早口にまくし立てたのです


『私は風病が重くなり、とても匂いの強い薬を服しておりますので、お目通りすることができませんですが、しかるべき雑務はいたしましょう』


 と殊勝にもね。『了解した』と立ち上がると、


『この匂いが消えたら立ち寄ってください』


 と先程とは打って変わって言うので、かわいそうでしたが、匂いが強く逃げ腰になってしまいました」


「ワタクシならもうとっくに逃げておりますよ」

「ああ、私もだ」


 将中の意見に、左馬頭が同意を示す。


「自分も実際、耐えきれなくなって、


『夕暮れにまた来ます。昼まで待つ必要もないでしょう』


 そう言い残して立ち去ろうとしたところ、女は追ってきて、


『毎夜逢っている仲であるなら、昼間に逢ってもどうして恥ずかしいことがありますか。逃げないでください』


 流石に素早い対応。自分がもう来ないつもりでいたこともバレていました」

「流石に嘘でしょう? ワタクシには信じられません」

「あぁ、私にも信じられない。そのように察しのいい女などいるわけがない。もっとマシな話をしないか」


 左馬頭が呆れ返ったように批難を飛ばす。

 しかし言われる側の式部はすました顔をして、


「これより珍しい話はございません」


 とむしろ開き直る。


「……えぇと、二人は今の話のどこが気に食わないんだい?」

「「利口ぶっていることろでございます」」


 俺の疑問に二人は口をそろえて言う。やはりこの二人の価値観は合わない。


「全くもって察しが悪く学のない女も悪いが、いついかなる時でもその学才をひけらかす女はもっとダメです。たとえ十を知っていても、一、二くらいは控えておいたほうが女というものは良いのですよ」


 左馬頭の熱弁に、うんうんと将中がうなずく。

 そういえば、藤は俺がこの地位として何不自由ないほどの知識を与えてくれていたが、誰の前であってもそれをひけらかすことはなく、「男を立てる」ということを理解しているようだった。

 なるほど、この時代の「いい女」とはそういうことなのか。

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