愚かな男の話

「ワタクシからは、愚かな男の話をしましょう」


 将中が口を開く。


「大変こっそりと会っていた女がおりました。そいつとは長く続くとは思って言いませんでしたが、馴れてくるとそれが可哀想に思えて、途切れ途切れではありますが通っていたのです」

「へぇ、そんな相手がいたんだね」

「えぇ。源様にもいらっしゃるのでは? まぁ、ワタクシと違って愚かな真似はしないと思いますが」


 言うと将中は自虐的に「ハハハ」と笑う。

 女遊びが激しい奴にしては珍しく、後悔した話なのかもしれない。


「その女は親もおらず、すごく心細げで、ワタクシのみを頼りにする様子も見られて大変可愛げがありました」

「ふむ、私の指を噛む女の話のようになにかされましたかな」

「いえいえ、そんな話ではございませんよ」


 左馬頭に茶々を入れられながら、話は続く。


「女はおっとりしていて、一緒にいると心が落ち着きますが、長いこと行かなかったとき、ワタクシの妻に『ひどいことを言われた』と、全てが終わったあとに、使いの者から聞きました」


 将中がうつむき、言葉をつまらせる。

 どうやら、まだ完全にはその女性の話を消化しきれていないらしい。


「そんな可愛そうなことがあったともしらず、忘れはしないものの連絡もしないでおりましたところ、気落ちして心細かったのか、まだ幼かった事もあって悩んだのでしょう……ある日、撫子の花と、文を送ってきたのです」


 将中が涙を浮かべる。

 こちらです、と着物の内側から一輪の花を取り出した。

 一輪の、真っ赤な、燃えるように赤い……きれいな花だ。

 確か、撫子の花言葉は――無邪気、純愛……純粋で、燃えるような愛。


「さて、その文の言葉は」


 俺が問うと、


「いえ、特別なことでもないのです。『山賊の家の垣根は荒れていても、露が撫子の花にかかるように、時々は娘のことを気にかけてください』と。思い出して行って見ると、ワタクシがまた来ると信じていた様子でしたが、虫の音に競えるほどに、泣きはらしておりました。まるで、昔物語の一場面のように」


 目に浮かべた涙が、頬を伝って地面に落ちた。すっかり涙声で、格好がつかない。


「いくつもの花はどれも美しいが、やはり母の撫子の花に勝るものもないでしょう、そう言って彼女の手を取ろうとしたのです。しかし彼女はその手を取らずに言うのです」


『露を払う、わたしの袖は露でいっぱいです。もう、もう……――耐えきれません……』


「そう言う彼女の様子は、恨みがましそうには見えませんでした。涙を恥ずかしそうに慎ましく隠す様は、正しく彼女は彼女でありました……ワタクシに見られることがかえって心苦しいのかと思い、その日は帰りました」

「えっ」


 そこはこう、もっと励ます場面じゃないのか?

 優しく接しておけば完全に将中のものになっていた感じがするんだが。少なくとも帰るべき場面ではないはず。


「大丈夫なのか、と安心してまた行くのをやめておりましたところ、跡形もなく居なくなってしまいました……まだ生きているのなら、この世を流浪していることでしょう……ワタクシが愛しているときに、しつこくつきまとってくれていれば……今も、消息は知れません」

「――……」


 将中はひどく後悔したように、涙を流す。

 言葉が出ない。

 そんなの、あんまりじゃないか。

 まるで全部その女の子が悪いみたいに言うなよ。

 全部、その子を手放さないようにしなかったお前の責任じゃないか。


「はっは、それはなかなか。正しく先程挙がった、頼りのない女の例、というわけですな?」


 左馬頭が笑って言う。

 他の二人も笑う。

 俺も、二人に合わせるようにして笑った。

 その場しのぎの愛想笑いだった。

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