源と頭中将

 雨の日は続く。

 それに今日はいつにも増して雨が強い。今日は葵の家に行くのは難しいだろう。

 こうして葵の家にいかない日は、決まって相手をする友人がいる。

 普段女の子のことばかりを考えているような俺だが、男性の友人だ。ちゃんと仲がいい。

 ――表面上は。


「源様、貴方様がしたためた、あるいは集めた文のいくつかを、ワタクシにもみせていただけませんかね?」


 手を摺り俺にお願いをするこの男は、将中まさなかという名前の、頭の中将という地位にいるやつだ。

 俺の父親である帝の妹の子……要するにいとこである。

 帝の血が流れているせいか、しっかり女好きで、幼少の頃に藤に会いに行くとき、ついて来ようとするという愚行を何度か犯している。

 藤は他の男には絶対に渡さない。

 ただ、女好きというだけでなく勉強にも熱心で、俺が勉強をしているといつの間にかそばにいたりもしている。

 だから周囲からは、なんだかんだ憎めない奴……という感じ取られている。


「特段変なものじゃなければいいけど……そんなに見たいか?」

「ええ、いいのです。むしろ、特段変なものの方がいい。人に見せようと書いているものには感情がそれほどまでに乗りません。苛立ちや寂寥といった、感情が乗っているものの方がよろしいのですよ」


 と我が物顔で将中は言う。正直なところ、こういうなにかに精通している風に振る舞う輩は前世からあまり得意ではない。


「そうか……わかった」


 最初に取り出そうとしていた物を元の場所において、代わりにもっと奥の方から隠している、感情的になったときに書いた文や、読んでこっちが恥ずかしくなったような文を取り出す。


「いろいろあるのですねえ」


 読みながらこぼすように将中は言う。


「源様、ここはあれですかね、藤壺さま――」

「キミの方こそなにか文を書いていたり集めたりはしないのかな!?ほら、そういう類はキミの方が精通しているだろう!?」


 渡した文の中に地雷が埋まっていたらしい。当の俺も完全に忘れていた。

 慌てて将中から紙の束を取り上げる。


「あぁ、そんな乱暴に……しかし、ワタクシとしても、お見せできるものはないですねぇ」


 ふむぅ、と将中が続ける。


「あれですな、これぞといった、欠点のないような女など、いないとようやく悟ることができましたな」

「んぅ?」


 文の話から急に女の話になるから、どうしたものかと不思議がっていると将中は続ける。


「いえね、自分の特技を得意げに披露し、人を見下す女など、笑止千万なものであります。そういう女に限って、さてお手並み拝見と付き合ってみると、大したものではないことが多い。なんとも嘆かわしいものです」


 だからワタクシはそんな自慢げに披露できるものなど有りはしません、と話を締めくくる。

 要は俺に披露してイマイチな反応だったらとビビっているだけではないのか、という気持ちはぐっと抑えて、苦笑を浮かべる。


「もちろん、例外もあります。親などが付き添い、大切に育てた、深窓の令嬢なんかが、ただひとつの才芸だけを磨き、それによって心を動かす。見目もよく、性格もおおらかで、若々しく、雑事に心動かされず、一心にやれば、おのずから一芸をものにする、というような」


 またしても我が知り顔で将中は語る。その顔はその道に精通しているプロフェッショナルさながらだ。


「しかし、まったくもって才能のない女性なんているのか?」

「いえ、そんなひどい女のところに行くことなんて有りえません。見極めることができるのです。源様、取り柄もなくつまらない女と、衆に秀でた女、どちらがどれだけいるかわかりますか?どちらも稀なのです」

「ふむ?」

「身分が高く生まれたのであれば、人にかしずかれ、欠点は周囲の人々が隠します。そうすれば、その女の雰囲気は自然と良いものになります。中流の女は、それぞれの趣向が見え、個性というものがはっきりします。下流の女など、言わずもがなです」


 それなりに筋の通っていそうな女性論を将中は語る。この時代はたしかに身分の良し悪しが現代以上にわかりやすい。

 上流のものはしっかりとした教育を受けるだろうし、中流は上流ほどではなくてもそれなりの教育を。下級の者は教育を受けられないものがほとんどだ。

 面白くなってきた。少し意地悪な質問をしてみようではないか。


「しかし、その三つの品格はどのように分ける?高い身分に生まれたが零落した貴族や、下流の身分から上流まで成り上がり、自身に満ちて家を豪華に飾っている者も中にはいるだろう。そういう場合はどう分ける?」

「それはですね――」

左馬頭ひだりうまのかみ様と、藤式部丞とうしきぶのじょう様が物忌でおなりになります」

「なんと、それはまことか!」


 突如、使いによって扉越しに伝えられたことに、将中は飛び上がって喜ぶ。


「すみません源様、この話はまた後日。ワタクシは彼らと論争をして参ります!」

「あぁ、行って来い」


 物忌で来た二人は確か、弁が立つ。俺なんかよりもずっと。

 つまり将中は俺なんかよりあの二人のほうが討論をしていて見になると思っているのだろう。いや、来ることが珍しいからか?

 まあ、どちらにせよ少し上がって来ていたこの行き場のなくなった熱をどうにか発散したい。


「うーん……俺も行くか」


 少し考えてから、俺も立ち上がって三人のもとへと向かった。

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