第18話椿-書き直したもの
赤い椿が良く似合う女性が、息を切らしながら夜道を走る。
その後を、血相を変えた役人が、険しい顔で追った。
「あの女……」
“何処へ行った!”と、夜の町に役人の怒砲が響く。
「あの女は、神聖なる白蘭 《ビャクラン》様に手を出した不束者だ!」
“なんとしても捕まえろ!”と、役人が再び叫ぶと同時に、部下達が蜘蛛の子を散らすかの如く、あちこちへ駆け出した。
その様子を息を潜めて見ていた、薄汚い着物を着た男が、同じく物陰に身を潜める女性に
「今なら大丈夫」
と、小声で告げる。
それが合図となり、女性は役人達が目をつけなかった路地裏を駆け抜けた。
淡い月明かりに照らされたその路地裏の先には、役人達が崇める白蛇の化身である白蘭 《ビャクラン》が待っているはずである。
「百蘭 ビャクラン様、只今……」
女性は寒さで凍えた小さな唇で、愛しき男性の名を口にしながら、走り続けた。
事の起こりは一年前の冬。
この年はいつもよりも雪の降る量が少なかった。
次の夏に日照りでも起きたら、町の人達は食べ物に困り、最悪死を選んでしまうかもしれない。
それを心配した白蛇の化身である白蘭ビャクラン は、とあるお寺で雪を降らせるよう祈願した。
その帰りの出来事である。
白蘭 《ビャクラン》は、境内にある一本の枯れかかった椿の木を見つけた。
心を痛めた彼は、憐れむ瞳でそっと近寄り、元気が出るよう祈りながら、痩せ細った幹を擦ったのである。
その日の夜、白蘭 《ジブン》が祀られている館の一角に、
彼女は、昼に
その瞬間、二人は恋に落ちる。
お互いに監視が光らせる目を掻い潜り、逢瀬を繰り返していくのだった。
「何処でこんなことになってしまったのだろう……」
赤華 《セキカ》は、涙で腫れた瞼 《メ》でそう呟く。
知らぬ間に誰かが逢瀬を目撃し、白蘭 《ビャクラン》の館の主に告白したのだろうか?
(あり得る話ではないわ)
「それとも……天が見ていたのだろうか?」
だとすると、この先とても厄介なことになる。
化身同士は、どちらかが人間にならないと、一緒になれないという、いつの間に作られた片寄った約束が、天に蔓延 《ハビコ》っていた。
しかし、その約束事は全くの出鱈目 《デタラメ》である。
恐らく、化身同士との間に生まれる子供の能力が、人間と少し違う為に、世の中が生き辛くなることを見越して、そんな禁止令をたてたのでだろう。
いずれにしても、この場から逃げ出さないことには、彼等に未来 《アス》はない。
路地に入ってから数分たった頃。
1人の男性が、地にしっかりと足を着けて立っていた。
白蘭 《ビャクラン》である。
彼は、一言も言葉を発することなく、息も絶え絶えに走って来るであろう赤華 《セキカ》を、今か今かと待っているのであった。
「白蘭 《ビャクラン》様!」
“ご無事で何よりです!”と、歓喜の声をあげながら走り寄る赤華 《セキカ》。
“お会いしたかった……”と、潤んだ瞳で抱き締めた刹那、彼女の両手にぬるりとした感触が伝わる。
恐々 《コワゴワ》と見たその手には、赤く生温かいものが、嫌という程ついていた。
そして、赤華 《セキカ》は悟る。
愛しの彼は、もうこの世に存在していないのだと。
その途端、声無き声をあげる
気付く間もなく、彼女もまた天に招かれてしまう。
その人物が2人の息の根を確認し、姿を消した数時間後。
彼等の身体 《カラダ》を労り、優しく包み込むように、真綿にも似た白い雪が降り積もり始めた。
不思議なことに、その雪は2人の姿が消えて無くなるまで、溶けることはなかったという。
お仕舞い
令和5(2023)年8月12日5:35~8月17日7:56作成
お題「雪」「椿」「ヘビ」
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