第16話日常のひとこま

 町にある、某有名喫茶店に、紺色の真新しいスーツを着た若い男性が、丸テーブルの上に何やら数枚の紙を広げている。


 それ等は、“契約書”と呼ばれており、事細かい説明文が書かれていて、男性は周りにいる人には目もくれずに読んでいた。


 時は過ぎ、時計の針がもうすぐ天辺を指す頃、今の今まで真剣だった男性の顔が、急に綻ぶ。


“見~つけた!”と、嬉しそうに小さな声を弾ませながら、黒い鞄から付箋を取り出し、その箇所にペタンと勢い良く貼り付けた。


 どうやら彼は、文章に間違いがないかチェックをしていたようである。


「やっと終わった!」


 思わずガッツポーズが飛び出すのかと思う程、彼は大きな声でそう言うと、付箋を張った箇所を指差し

「これで完璧!」

と、さも嬉しそうにウインクをした。


 そして、書類を纏めて席を立ち、早々と喫茶店から立ち去る。


 それから程なくして、喫茶店から1人の従業員が、威勢良く飛び出してきた。


“どっちへ行った?”と呟いて、左右を何度も見る従業員。


 何度目かの確認で、スーツ姿の若い男性を見つけた彼は、慌てふためきながら

「ちょっと待って、お客さ~ん」

と、叫ぶと同時に走り出す。


 しかし残念ながら、男性は忘れ物を届けようとして走る従業員の存在スガタに気付かず、男性は無我夢中で歩みを進めた。


令和3(2021)年4月30日作成


Mのお題

令和2(2020)年11月29日

「10分以内にスーツ、付箋、ウインクで話を作れ」

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