第5話リサイクルにでも回そうか?

 1人の青年が周囲の視線を気にせずに、何か描いている。


 描いているというよりも、書きなぐっているという方が正しかった。


 彼がいるのは高校の美術室。


 だとすると、周りにいるのは当然同じ学校に通う学生ということになるが、どうも様子がおかしい。


 それもそのはず、今日は日曜日の為、学生はいなかった。


 代わりにいるのは、地域の年を取った人達である。


「荒れてるねぇ」

「荒れてますなぁ」

 

 白髪混じりの男性と、丸メガネをかけた男性が、目の前の青年のイラストを見ながら、互いに感想を言い合った。


 彼等の言う通り、普段見かける彼は、とても大人しくて紳士的な考えを持っている、誰にも好かれそうなる性格である。


 それが一体こんなに荒れているとは、彼の人となりをよく知る2人の老人でさえも、全く見当がつかなかった。


 こうなったら、書きなぐる彼に話を聞く他はない。


 彼等は近寄りがたいオーラを出し続けている青年に、勇気を振り絞って近づいた。


「お前さん、どうしたのかね?」

「悩みがあるのなら、一番の応援者の私達が話を聞くぞ?」


 そんな心に響く優しい言葉をかけられた青年は、がむしゃらに動かしていた絵筆を、ピタリとめる。


 そして、振り向き様に出た声は、青年にしては珍しい嗚咽だった。


「き、聞いて下さいよぉ~、種さん、吟さん!」

「うむ」

「なんじゃぁ?」


 初めて見る青年の泣き顔に圧倒され身構えるも、耳はしっかりと傾ける2人。


“ちゃんと受け取るぞ!”という態度を見せる彼等に、青年は声を荒らげて言った。


「猫が」

「猫?」

「僕の可愛い愛猫が、夢で“お前は私の下僕にゃ~”って言ってきたんですよ……」

「下僕……」

「“お前など、一度も好きになったことなどにゃい、ご飯をくれるただの人にゃ~”って、大口開けて訴えたんです」

「そ、それは辛かったのう」


 丸メガネをかけた老人-種さんが半ば呆れてそんな言葉を返す。


「僕は今の今まで、彼女を溺愛する程、可愛がっていたのに、下僕としてしか見てくれなかったことが、非常にショックで……」

「そうか、話してくれて有難う!」


“たかが猫で?”という台詞を喉の奥で必死に止めた白髪交じりの老人-吟さんが、泣き止まない青年の肩を叩くように慰めた。


「顔、洗ってきます」

「うむ、洗って水に流してこい」


 肩を落として手洗い場へ向かう青年を、哀れみの瞳で見送った彼等。


 ふと、青年が描いた線のようにも見える絵画を眺めながら口を揃え

「何処かの即売会リサイクルにでも出して、暗い感情ごと一掃するか」

と、溜め息混じりに呟く。


 どうやら、相談までは受け取っても、負の感情は受け取り拒否するようだった。


お仕舞い


令和5(2023)年2月6日19:47~2月11日10:14作成

お題「嫌われもの」「美術」「リサイクル」

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