第4話椿

 赤い椿がよく似合う女性が、息を切らしながら夜道を走る。


 その後を、血相を変えた役人が、険しい顔で追っていく。


「あの女……」


“何処へ行った!”と、夜の町に役人の怒砲が響いた。


「あの女は、神聖なる白蘭ビャクラン様に手を出した!

なんとしても捕まえろ!」


 役人が再び叫ぶと同時に、部下達が蜘蛛の子を散らすように、あちこちへかけていく。


 その様子を息を潜めながら見ていた、薄汚い着物を着た男が、物陰に身を潜めていた女性に

「今なら大丈夫」

と、小声で告げる。


 それが合図となり、女性は役人達が目をつけなかった路地裏を駆け抜けた。


 淡い月明かりに照らされたその路地裏の先には、役人達が崇める白蛇の化身である白蘭ビャクランが、待っていた。





 事の起こりは一年前の冬。


 この年はいつもよりも雪が少なく、それを心配した白蛇の化身である白蘭ビャクランが、とあるお寺に雪を降らせるよう祈願しに行った帰りの出来事であった。


 白蘭ビャクランは、境内にある一本の枯れかかった椿の木を見つける。


 心配になった彼は、憐れむ瞳でそっと近寄り、元気が出るように祈りながら、痩せ細った幹を擦った。


 その日の夜、自分が祀られている館の一角に、赤華セキカと名乗る女性が訊ねて来る。


 彼女は、昼に白蘭ビャクランが擦った椿の木の化身だと告げた。


 その瞬間、二人は恋に落ち、お互いに監視の目を潜っては、会瀬を繰り返していく。


 



 (何処でこんなことになってしまったのだろう)


 赤華セキカは、涙で腫れた目でそう呟く。


 誰かが会瀬を目撃して、白蘭ビャクランの館の主に告げたのだろうか?


(あり得る話ではない)


 それとも、天が見ていたのだろうか?


 そうだとすると、この先とても厄介なことになる。


 化身同士は、どちらかが人間にならないと、一緒になれないという、いつの間に作られた片寄った約束が、天に蔓延ハビコっていた。


 その約束事は、全くのでたらめである。


 恐らく化身同士との間に生まれる子供の能力が、人間と少し違う為に生き辛くなるのを見越して、こんな禁止令をたてたのでだろう。


 いずれにしても、この場から逃げ出さないことには、彼等に未来はない。



 路地に入ってから数分たった頃。


 1人の男性が立ち尽くしていた。


 白蘭ビャクランである。


 彼は一言も言葉を発することなく、息も絶え絶えに走る赤華セキカが来るのを待っていた。




白蘭ビャクラン様!」

“ご無事で何よりです!”と、歓喜の声をあげながら走り寄る赤華セキカ


“お会いしたかった”と潤んだ瞳で抱き締めた彼女の両手に、ぬるりとした感触が伝わる。


 恐る恐る見たその手には、赤く生温かいものがいやという程ついていた。


 その刹那、赤華セキカは悟る。


 彼はもうこの世に存在していないのだと。


 声無き声をあげる赤華セキカに、近寄る不審な人物。


 気付く間もなく、彼女もまた天に招かれてしまう。


 その人物が2人の息を確認し、姿を消した数時間後。


 彼等の身体カラダを労るように、雪が降り積もる。


 不思議なことに、その雪は2人の姿が消えて無くなるまで、溶けることはなかったという。


お仕舞い


令和5(2023)年2月6日19:40~2月8日8:36作成


お題「雪」「椿」「ヘビ」

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