第3話チョコレート

「母上、今日の夕食は?」


 わしは、ワクワクしながら台所に立つ、養母の縹扇ハナダオオギに訊ねる。


 玉葱のほんのり甘い香りから察するに、シチュ-か、カレーとみているが、意外なところでカツ丼ということもあり得る。


 それ故、献立を訊ねたわけだが、聞こえていないのか、返事はない。


 わしは、その返事が来るのを待つ代わりに、彼女の行動を観察することにした。


 だが、彼女の行動は手際よく、わしが喋っている間に、もう炒めた野菜を煮込んでおる。


 感心しておるわしの目に映ったのは、彼女の右手にある、うす焦げ茶色の物体であった。


 (ということは、夕食はカレーか)


 わしは内心でそう呟きつつ、飽きずに観察し続け……


「えっ?」


 思わず出た声を合図に、驚きの瞳で見たものは、先程の色よりももっと濃い色の物体であった。


「扇、それは何だ?」

「チョコレートよ」


慌てふためくわしの問いに、何も気にせず答える扇。


「これを入れると、味にコクが出るのよ」

「つまり、美味しくなるということか?」

「そういうこと!」


 ……そうか、それなら安心して食べられる。


 わしは胸を撫で下ろし、彼女が作るカレーが出来上がるのを、楽しみに待ち続ける。


 ここは、あの時代から3000年も経っておるのだ。


 わしの頭を過ったことなど、微塵も起こらぬ。


 わしは、自分にそう言い聞かせて、台所を後にした。


お仕舞い



令和5(2023)年2月6日13:46~14:17作成

お題「チョコレート」「安心」「カレー」

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