第2話どの映画がいい?

  とある一軒家に住む少年-縹宝ハナダタカラは、自室に閉じ籠り、小さな唸り声を上げていた。


 胡座を搔く彼の前には、映画の宣伝用のリーフレット数枚が、お互い重なるようにして、広げられている。


 その紙を手にとっては、じっと眺め、渋い顔をしながら戻すを何度も繰り返していた。


「何やってるの?」

「うっ」


 突然背後から声をかけられて、声が詰まる宝。


 恐る恐る振り向いた先には、笑顔満面の少年-普賢菩薩がいた。


 彼は文殊菩薩と共に、釈迦如来の脇侍を務めている少年で、宝とは旧知の仲である。


「おぬし、声をかける時は名前を先に呼べと、言っておろう!」


“いっつも、突然現れおって”と愚痴を言いながら、軽く睨んだ。


 その態度に普賢は、特別何も気にせず

「映画に行くの?」

と訊ね、すかさず

「誰と行くの?」

と、期待に満ちた瞳で再び訊ねる。


「訊かなくても分かっておろうに……」

 呆れ顔の宝は、溜め息混じりにそう答えた。


「奈義ちゃんかぁ……」

「ふ、普賢」

“声が大きい!”と慌てて彼を制した宝の頬は、いつも以上に赤く染まっている。


「楽しんでるね」

「たわけ、奈義が行きたいと言うから」

「ふーん」


 普賢菩薩は、何処か彼の心を読むように瞳を細め、半ば感心した声を出して

「それで、何を見に行くの?」

と、何事もなかったかのように再び訊ねた。


「それなんだが、奈義のやつがSFがベースになっておる、ファンタジックなラブコメが見たいというとるのだ」

「……どういう内容なんだろう?」


 普賢菩薩は困惑しながら呟く。


「わしもどう答えたらいいのかさっぱり分からぬ」


 彼の声が耳に入ったのか、宝は更に眉をひそめて答えてハッとした。


「そうだ、普賢」

「悪い予感」

「まだ、何も言っておらん!」


 普賢菩薩と宝の否定的な台詞が、見事に重なり、不思議なハーモニーを奏でる。


 お互いを見つめ合った2人は、スーッと瞳を逸らし、暫くの間沈黙した。


「まぁ、タイムリミットが週末故、時間がない」

「僕も、そろそろ帰らないとまずいから、早く片付けよう」


 やがて、2人はお互いにそう言い合い、早期解決を誓う。


 それから、30分以上話し合ったものの、いい案は浮かんでこなかった。


「あのさ、奈義ちゃんに会うのって久しぶりだよね?」

「それがどうした?」

「君のことだから、映画を見た後にラブコメをやっていそうな気がする」

「言っていることがよく分からぬが?」

「ラブコメは諦めて、SFとファンタジー両方を兼ね備えた映画がいいんじゃないってこと」

「やはり、そうする他あるまい」


 普賢菩薩は、彼等の不器用とも言えるデートシーンを想像したことを上手く誤魔化し、更にアドバイスも与える。


 宝は、彼の胸の内など知らずに、話を進め……


 話が大方纏まった頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。


「普賢、引き止めてしまって悪かったな」

「気にしないで、僕も楽しかったから」


“決まって良かったね”と、普賢菩薩はいつもの優しい笑みを浮かべ、別れの挨拶をしようと、口を開く。


 しかし、それよりも早く宝が

「今度暇な時に、何処か遊びに行こう!」

と、何気ない口調で遊びに誘う。


「僕は菩薩だから、そう簡単に休みは貰えないよ」

「そんなこと、当の昔から知っておる」


 宝は微笑んだ後、早く帰れと言わんばかりに、右手で彼を追いやる仕草をした。


「僕、いつも君の側にいるんだけどな……」


 宝の安堵した表情を見つめながら、何処か寂しそうに呟く。


 その呟きは、宝の耳に届くことはなかった。


お仕舞い


令和5(2023)年2月5日7:53~23:19作成

お題「SF」「ファンタジー」「ラブコメ」


 

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