第9話 人と人を繋ぐ心の架け橋 後編
結衣が下輝石島町社会福祉協議会に就職してから、さらに10年が過ぎた。地域支援員として働いていた結衣だったが、様々な現場経験を積む中で、本格的に福祉を学びたくなっていった。社会福祉協議会の仕事が忙しくなるに従い、潮浜診療所の看護師の仕事との両立は厳しくなった。
7月31日、潮浜診療所前。結衣と、古藤医師、ベテラン看護婦長泰子が向かい合っている。
古 藤「残念だよ。どうしても福祉の世界に行くのかね」
結 衣「今まで色々お世話になった事には感謝してもしきれません」
泰 子「いいのよ。あなた、変わったわ。すごく強くなった。やっと見つけたのね。自分
の生きる道を」
結 衣「この島に残って良かった。これからは、お世話になった人のためにも、島のため
に生きます」
古 藤「頑張って。君ならできるよ」
泰 子「辛くなったらいつでも戻っておいで。席は空けとくからね」
結 衣「お世話になりました」
結衣は、深々と頭を下げて、潮浜診療所を後にした。
結衣は、社会福祉協議会の正規職員採用試験を受けた。非常勤職員では、自分のやりたい地域包括ケアシステムの構築はできないと思ったからだ。
8月下旬に採用試験が実施された。1人の採用枠に応募者が50人殺到し、狭き門であったが、結衣は、見事合格した。結衣は、下輝石島町社会福祉協議会の地域福祉係主事になった。
結衣は、焦っていた。既に40歳。結衣のハートに火が付いた。結衣は、猛スピードで取れる福祉の資格を取る。地域福祉の仕事をするかたわら、ヘルパー2級、介護福祉士、ケアマネジャー、社会福祉士、社会福祉主事、社会福祉法人会計資格と次々と取得した。支所長は、結衣のやる気を買っていた。結衣を主事から主任、地域福祉係長とスピード昇進させた。この時、結衣は43歳。
結衣が目指す地域包括ケアシステムの確立にあたって、未整備の事項があった。島に特別養護老人ホームがなかったことだ。養護老人ホームも必要だった。介護保険制度は、2000年に始まったが、特別養護老人ホームがないため、介護度が高い要介護者は、船で島外に運び、受け入れてもらうしかなかった。つまり、介護状態になれば、最後は、島外で人生を終えなければならない。
絶対、特別養護老人ホームと養護老人ホームを輝石島に作る
結衣は、決意を固めた。
また、輝石島住民の長年の悲願だった輝石島大橋が本年開通することになっていた。上輝石島と下輝石島は、昔からナワバリ意識が強く、なかなか一緒に足並みを揃えられない。
輝石島大橋の開通を機に、地域包括ケアシステムが輝石島全体で確立したい
結衣は、上輝石島町社会福祉協議会との協議の中でサービス内容に違いがあること、上輝石島と下輝石島それぞれにある施設が連携を取り合えば、輝石島住民にとって、安心して暮らせる島になると感じていた。
結衣は、下輝石島町社会福祉協議会の支所長に直談判した。
結 衣「支所長、輝石島に、特別養護老人ホームと養護老人ホームを作りましょう」
支所長「結衣君の気持ちはわかる。しかし、クリアしないといけない壁がたくさんある。
地域住民の了承も得ないといかんし、行政の支援も必要だ。県の許認可を取らな
いといかんし、決まったら建設業者の選定や、職員の採用まであるんだぞ」
結 衣「やらせてください」
支所長「止めても無駄なんだろ」
結 衣「ええ」
支所長「わかった。キミに全てまかせる。頑張れよ」
その年4月1日、結衣は、輝石島地域統括部長に任命された。結衣をトップに、特別養護老人ホーム、養護老人ホームの建設計画と、輝石島の福祉サービスの統合がスタートする。
その年の6月、計画は暗礁に乗り上げた。財源の目処が立たないのだ。特別養護老人ホームと養護老人ホームの職員採用試験を実施し、採用通知も全ての合格者に出していた。
結 衣「困ったわ。どうしたら…」
そこへ来客が訪れる。結衣は、自分の目を疑った。そこには、あの悠生が立っていた。
結 衣「悠生⁈どうして?」
悠 生「久しぶりだね。実は、ボクは、瀬津間尊大市の引き抜きで、福祉部長として4月
に赴任して来たんだ。また、会えるなんて嬉しいよ」
結衣は、涙を流しながら、思わず悠生に抱きついてしまった。
結 衣「うれしい。昔に戻ったみたい」
しばらく抱擁していた悠生と結衣だったが、悠生は、結衣を放して、
悠 生「聞いたよ。キミは、この島に特別養護老人ホームと養護老人ホーム、それから、
輝石島の福祉サービスの統合に取り組んでるらしいね。この島に地域包括ケアシ
ステムを作るんだ。素晴らしいよ。結衣」
結 衣「でも、困ってるの。財源が確保できなくて」
悠 生「わかった。ボクが国や県に掛け合おう」
結 衣「大丈夫なの」
悠 生「まかせろ。これで輝石島に恩返しができる。必ず成功させよう」
結 衣「ありがとう」
以降、結衣と悠生の2人3脚で計画は急ピッチで進んだ。
11月30日、特別養護老人ホーム輝石島結愛園と養護老人ホーム輝石島結愛園が完成した。結愛園の「結」は、結衣から取ったものだった。また、同時進行で進めた、福祉サービスの統合も整理された。12月からは、上輝石島支所と下輝石島支所が統合されて、輝石島支所として出発する。
12月20日、輝石島は、多くの人でごった返していた。今日は、島民念願の輝石島大橋の開通式だ。会場には、島民をはじめ、鹿児島県知事、瀬津間尊大市長、県議会議員、市議会議員など、早々たる顔ぶれだ。大宮悠生福祉部長と中川結衣特別養護老人ホーム結愛園園長の姿もあった。
司会の合図で、テープカットがされる。テープカットされると、島民達は、徒歩で上輝石島から下輝石島に向かって橋を渡った。
12月31日23時50分。今年1年が終わろうとしている。結衣と悠生は、たゑ子宅でくつろいでいる。
結 衣「本当にありがとう。おかげさまでワタシの悲願が達成できました。貴方のおかげ
よ」
悠 生「そうだね。でも、ボクは終わってないんだ」
結 衣「何?」
悠 生「20数年前に聞けなかった返事を聞かせて欲しい。ボクと結婚してください」
結 衣「…いいの。ワタシ、もうオバさんになったんだよ。子供もムリだよ」
悠 生「今のキミの方がずっと魅力的だよ。受けてくれるよね。ボクのプロポ-ズ」
結 衣「はい、喜んで」
結衣は、涙が止まらなかった。輝石島に来て20年余り、人生の絶頂を深く味わっていた。
激動の年が終わる。結衣は、悠生とあの希望の丘で、初日の出が見たいと思った。
第9話いかがでしたか。結衣さん頑張りました。本当人生で1番頑張ったかもです。
こうして、ワタシの輝石島でのロードショーが幕を下ろそうてしています。皆さんお付き合いいただきありがとうございました。
プロローグです。第10話「島風が好きになるなんて」で会いましょう。
次回をお楽しみに
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