第8話 人と人を繋ぐこころの架け橋 前編
たゑ子が亡くなってから5年が過ぎた。結衣は、30歳になった。
たゑ子が亡くなってから、結衣は、診療所勤務のかたわら、ボランティア活動をしていた。下輝石町の社会福祉協議会が、地域推進支援員を募集していた。以前、悠生から、地域包括ケアシステムの重要性を聞かされていた結衣。いつしか輝石島に地域包括ケアシステムを作りたいと思うようになっていた。
11月30日11時、社会福祉協議会の試験会場。
面接官「潮浜診療所で看護師をされてるんで
すね。お父さんは、医師ですか」
結 衣「5年前に祖母を亡くしてから、こ島に残ろうか迷っていたんですが、島の福祉の
発展に貢献したいと思い、今回の職員募集に応募しました」
面接官「履歴書に「地域包括ケアシステムを作りたい」とありますが、具体的に何をした
いと思いますか?」
結 衣「地域包括ケアシステムについては、人々が生まれた地域で暮らし、死ぬまで生ま
れた地域で幸福感を持って暮らせる医療、福祉、介護の一体的な仕組み作りと理
解しています。現在、看護師として医療に携わっていますが、今後は、福祉や介
護にも携わって、地域の人々の支えになりたいと思っています」
面接官は、関心した様子。
面接官「素晴らしいご意見をありがとうございました。以上で終わります。結果は、追っ
てお知らせします」
結 衣「ありがとうございました」
結衣は、深く一礼をして退室する。
開けて1月1日付けで、結衣は、下輝石島町社会福祉協議会の地域ささえあい推進業務の非常勤職員になった。潮浜診療所の看護師と兼務のため、診療所に事情を話した結果、診療所勤務を週2日、社会福祉協議会勤務を週3日にしてもらった。かくして、結衣の新たな人生が始まる。
1月30日、結衣は、下輝石島南方の潮浜地区にいた。
潮浜地区は、下輝石島においては、比較的人口密集地域である。その理由は、潮浜地区の南端に、かつての玄関港、潮浜港があったこと、その影響で、銀行、郵便局、行政支所、飲食店、診療所と一通りお店や施設が揃っていたためである。しかし、地域福祉の仕事をすることになった結衣にとっては、大変だった。潮浜地区が、昔の流れで、3つの自治会に分かれており、自治会によって、社会福祉協議会の仕事に対する協力度が違う。結衣は、先輩からの指導で、潮浜地区コミュニティ協議会に出かけたが、地区コミもなかなか協力できなくて申し訳ないという感じだった。
結衣の本日の仕事は、潮浜地区に住む
社会福祉協議会では、昨年から「有償ボランティア事業」が始まっている。「有償ボランティア事業」は、ボランティア活動をしたい人と、ボランティア活動を受けたい人を社会福祉協議会が結びつける事業である。元々社会福祉協議会は、このような要望と供給を結びつける役割を担っていたのだが、市がよりボランティア活動を推進することや高齢者の生活支援を目的に、社会福祉協議会に補助を出して、ボランティアによる生活支援サービスを受けたい者が有償チケットを購入し、そのチケットを社会福祉協議会に渡してボランティアを依頼、社会福祉協議会は、ボランティア活動が出来る人を探す。ボランティア活動の要望を受けた、ボランティア活動希望者は、現地に行ってボランティア活動を行い、その対価としてチケットを換金し対価を得る仕組みになっている。そんなわけで、無償ではない「有償ボランティア」と呼ばれている。
結衣は、ボランティア活動希望者の冬晴宅に着いた。結衣は、驚いた。玄関口までゴミが溢れている。
結 衣「冬晴さん、こんにちは。社会福祉協議会から来ました中川です」
結衣が玄関に立ち入ると、異臭が漂ってきた。慌てて持ってきたマスクを付ける結衣。すごいゴミ屋敷だ。
冬 晴「おお、来ていただきましたか」
冬晴が家の奥から出て来た。白い肌着に、ベージュのステテコ、頭の毛はサイドのみという風貌。しかし、物腰は紳士という感じの老人だ。
結 衣「冬晴さん。なんですか、この大量のゴミは、なんで片付けないんですか」
冬 晴「いやあ、昔から片付けができなくて、近所の人とかに頼んでもらってるんだけ
ど、研究が忙しくてね。ついつい捨てるの忘れてたら、こんなになってしまいま
して」
冬晴は、申し訳なさそうに反省の弁を述べる。
結 衣「わかりました。ゴミ出しが出来るボランティアさんを3名派遣しますので、チケ
ットをください」
冬 晴「申し訳ありません。よろしくお願いします」
冬晴は、事前に購入していたチケット3枚を結衣に渡した。
結衣は、チケットの受け渡し仲介が今日の仕事だったが、冬晴の事が気になったので、話しを始めた。
結 衣「冬晴さん、おいくつになられました?」
冬 晴「63歳です」
結 衣「お仕事は?」
冬 晴「たまに、近くのスーパーにアルバイトに行きます。あと60歳から国民年金を受
給しています」
結 衣「よくスーパーが雇ってくれましたね」
冬 晴「これでも勤務態度は優秀なんです。レジ打ちも正確なんですよ」
結 衣「家族は?」
冬 晴「島外に妹がいますが、もう10年音信不通です。ワタシが住んでいるこの家の状
況を見て、ワタシ知らない、1人で頑張ってよと言われて、それっきりです」
結 衣「生活で困っていることは、ありますか?」
冬 晴「収入に困って、多額の借金をしてしまいまして、少ない年金から返済していま
す。そのため、生活が苦しくて」
結 衣「借金いくらあるんですか?」
冬 晴「全部で400万ほど」
結 衣「400万ですか!なんでそんな多額の借金を」
冬 晴「若い時に飲んだ勢いで友人の連帯保証人になりました。友人がいなくなり、私に
請求が来るようになりました。オレが作った借金じゃないと無視してましたら、
10年経って、総額400万円に借金が膨らんでまして」
結 衣「生活に困ってるんじゃないですか?」
冬 晴「年金とアルバイト収入の大半は、借金返済に回ってしまって、食うものにも困る
始末。電気ガス水道が止まる事も珍しくありません。後、最近、持病の糖尿病も
悪化して、病院代も未納になる状態です。もう人生が嫌になりました。いっその
事刑務所にでもして刑務所に入ったほうがクかと…」
冬晴の告白に、結衣は、マジかと思った。辞退は、相当深刻だった。結衣は、冬晴には何らかの支援が早急に必要だと思った。
結衣「わかりました。また来ますね。ゴミ出しのボランティアさんにすぐ待っててくださ
いね」
結衣は、冬晴に頭を下げると、下輝石島社会福祉協議会の事務所へ戻った。
同日13時から、急遽、冬晴の支援会議が開催された。所長をはじめ、地域支援担当の結衣、福祉サービス利用支援担当の職員、地域包括支援センター職員、福祉有償タクシー担当者、在宅介護支援センター職員といった顔ぶれが揃っている。冬晴のゴミ屋敷の家は、地域では有名であった。兼ね日頃より、地域住民は、火事でも起こすのではないかとウワサしていた。また、冬晴が、生活に困窮し犯罪を犯すのではと、地域住民は皆んなビクビクしていた。結衣から、今日冬晴から聞き取りをした内容が関係者に告げられる。
結 衣「以上で報告を終わります」
しばらくして、参加者から発言が始まる。
職員A「冬晴さんは、金銭面の管理が必要だと思います。ぜひ福祉サービス利用支援事業
の契約を進めさせてください」
支所長「金銭管理を進めるのはいいが、借金400万がねぇ。これじゃ、万一の時福祉資
金の貸付も使えなくなる」
職員B「弁護士に頼んで、自己破産か任意整理を進めますか?」
支所長「その方向も検討してくれ」
職員B「わかりました」
結 衣「糖尿病の件はどうしますか?」
職員C「冬晴さんは、まだ63歳で、施設入所は無理と思われます。介護サービスを受け
るには65歳からですので」
職員D「とりあえず冬晴さんは、スーパーのアルバイトに行ってるし、介護度がつく状態
じゃない。それよりも病院代が問題だ」
職員A「となると、やはり生活資金のやりくりか」
結 衣「福祉有償運送は使った方がいいのでは?」
職員D「支払いや買い物のための移動に困っているのを確認してから契約するか検討しよ
う」
支所長「よし、では、方向幕は決まったな。各自自分の役割を確認して、総合的に、冬晴
さんの支援を行う。頼んだぞ」
かくして、冬晴の支援会議は終了し、結衣をはじめとする関係職員は、16時、冬晴宅に向かうこととなった。
同日16時、冬晴宅には、社会福祉協議会の精鋭部隊が集結した。福祉サービス利用支援事業(金銭管理)担当のA、法的支援をサポートするB、地域包括支援センターのD、福祉有償運送事業(通称介護タクシー)担当兼地域支援担当の結衣の面々。各担当職員は、結衣が事前に聞き取った内容を確認し、必要な手続きを進めて行った。
かくして、17時には、冬晴の支援策が固まった。まず、冬晴と社会福祉協議会との間に福祉サービス利用支援事業(金銭管理)の契約を締結する。冬晴名義の通帳と銀行印は、社会福祉協議会が預かり、金銭の出し入れを管理する。次に、多額の借金の返済は、弁護士に依頼して、月々の返済額を減らす。それから、地域包括支援センターが市役所に確認したところ、介護度は付かなかったが、介護予防•日常生活自立支援総合事業(通称総合事業)の対象者であったことから、介護タクシーの契約を結ぶ運びとなった。
残るは、結衣が担当する地域支援、つまり、ゴミ屋敷をどうするかであった。
結 衣「冬晴さん。ワタシからの提案は、ゴミが溜まったら、有償チケットで加勢人を雇
ってゴミを撤去することよ」
冬 晴「有償かー。ゴミ捨てるのもタダじゃないんだな」
フトコロが痛むなーという表情の冬晴。実は、結衣は、冬晴がお金を出したくないために、再びゴミを溜め込み、地域住民に迷惑をかけるのではと心配している。
結 衣「だったら、ちゃんとマメにゴミを捨てなさいよ」
キレ気味の結衣。そこへゴミ屋敷清掃のボランティア3名がやって来た。
結 衣「あーすいません。早かったですね。今、この屋敷のゴミ撤去の話をしてたんです
よ。冬晴さん、チケット渡して。早く」
結衣に促され、冬晴が渋々有償チケットを渡そうとした。しかし、ボランティアの人達は次のように応じた。
ボラA「チケットはいらん。ホントにボランティアでやる。タダだ」
ボラB「貧乏人からお金取れるもんけ。困ったらいつでも言ってこい。同じ地域の住民や
ろが」
ボラC「お前が生活に困って犯罪でも起こしたら、こっちが困るでな」
そう言うと、チケットには見向きもせず、ゴミの撤去を始めるボランティアの3人。
冬 晴「ありがとな。ホントにありがとな」
かくして、社会福祉協議会による支援は、ひとまず大成功に終わった。
同日夜、結衣は、たゑ子宅の五右衛門風呂に入ってくつろいでいる。
結 衣「これが福祉なんだ。ワタシ、福祉の仕事が好きになるかも」
五右衛門風呂のある窓から、月明かりが差し込んでいる。今晩は、満月だ。結衣は、満足した表情で、しばらく月を眺めていた。
第8話どうでしたか。ひょんなことから福祉の仕事に就き、地域住民が深刻な状況にあり、どうしたら救えるんだろうと悩みましたが、答えは、人と人との支え合いでした。
次回9話では、さらに輝石島の福祉にとって重大な局面が訪れます。
第9話「人と人を繋ぐ心の架け橋 後編」
で会いましょう。
島風が好きになるなんて…。
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