第4話 結衣と康史の島デート

 8月22日土曜日10時、結衣と康史は、旧巻浜港に軽トラで向かっていた。現在、下輝石島しもきせきしまの海の玄関港は、公式には、仲井間港なかいまこうのみだが、かつては、各地区に港があった。

 輝石島きせきしまは、島の西方を北上する暖流と本土と島の間を南下する海流の影響で良い漁場となっている。キビナゴやクロダイ、タカエビ、カンパチが島の特産品となっているが、なかでも、タカエビ漁が盛んである。乱獲を防止する為、漁師は、時期により禁漁の時期を設けているのだが、漁が解禁すると、停泊していた漁船が一気に漁にでる。そして、漁の解禁時期には大漁のタカエビを載せた漁船が輝石島きせきしまの玄関港、仲井間港に連日水揚げされるため、同港は、水揚げされた魚介類を選別をする地元民でごった返す。選別されたタカエビは、冷凍されて、本土の業者へ販売される。

 結衣と康史が向かっている旧巻浜港は、地元の漁師が、中型の漁船を所有しており、港には十数隻が停泊している。漁師達は、朝4時に起きて、手打網を仕掛けている沖合の漁場に出かける。そして、仕掛けた網を引き上げる。網を回収したら、また、出発地の旧巻浜港に戻ってくる。6時頃、港に着いた漁師は、本日の戦利品を港に下ろして、鮮度を保つため、魚を締める。また、巻浜集落では、地域のつながりが驚くほど強い。漁を終え港に着いた漁師は、近所に住む高齢者に魚を届ける。漁があると、漁師が魚を届けてくれるため、巻浜の高齢者は、魚を買ったことがないらしい。

 結衣と康史は、旧巻浜港に着いた。港には仮設テントが設置され、前面にはブリやカンパチなど新鮮な魚が並んでいる。テントの中には魚をおろすための作業台が設置され、威勢の良い漁師が、いらっしゃい、いい魚があるよ、買わないかと呼び込みをしている。一方では、客の注文に応じて別の漁師がカツオを三枚おろしに捌いている。手際がよく、あっという間に三枚おろしが出来上がると、待っていた主婦に渡された。ニコニコしながらありがとうねと言って受け取る主婦。

 康史は、結衣とこのとれたて市場を歩きながら講釈をする。

康 史「この市場では、地元の漁師が朝早く出漁して、獲れたばかりの新鮮な魚を販

    売してるんだ」 

康 史「まず、アジ。見てみい。この光沢。刺身にしたら、超絶品だ!南蛮漬けにし

    ても最高だ。想像するだけで、くうーっ、よだれがでますわ。次に、カンパ

    チ。コイツは、脂が載ってて最高!。刺身が絶品!」

 そう言って、康史は、市場の魚の尻尾を握り、結衣に見せびらかす。

漁 師「おーい、康史。そんなにとれたての魚を雑に扱うな。せっかくの鮮度のいい

    魚が傷むだろうが」

 近くにいた漁師賢三は、そう言って、康史の頭をはたいた。両手を頭に被せ、いてーと押さえる康史。漁師賢三は、地元では有名な漁師で、漁の時期には、連日朝早く自己所有の船で漁に出る。そして、大量のカンパチやブリ、ミズイカなどを積んで寄港する。今日は、朝獲れたばかりの魚を持って市に参加していた。賢三は、康史の事を赤ん坊の時から知っている。昨日の花火大会で、小さい頃引っ込み思案だった康史が、愛の告白をする姿を観て、小僧も成長したもんだと感動していた。賢三は、嬉しくて仕方ない。康史が告白した結衣を賢三は見る。眩いばかりの若々しさを放っている。なるほど、康史が一目惚れするのも無理はないと、賢三は思った。

賢 三「お嬢さん。確か結衣ゆいちゃんって言ったね。夏祭りの花火は最高

    だった。康史もウブな奴だけど、あん時は本当に凛々りりしかった。立

    派な男になったな、康史」

 漁師賢三は、眼をまんまるさせて、ニコリとした。そして、いいアイデアを閃いたようだ。結衣と康史に向かって叫んだ。

賢 三「よーし。ワシがお前たちの門出に、魚をプレゼントしてやる。どいにすっ

か」

 康史は、テント前に並ぶ新鮮な魚を見回した。

康 史「チヌの刺身がよか。おじい、たのんで」

賢 三「わかった。おまけでタカエビもサービスしちゃるきに。うまかど」

 そう言うと、漁師賢三は、クロダイを三枚おろしにし、鮮やかに刺身をこしらえた。続いて、発泡スチロールに満杯に入ったタカエビを手で掬い上げると、まな板に置き、タカエビの殻をむく。そして、調理台の下から透明な蓋付きフードパックを取り出し、タカエビを山盛りに詰め、結衣に渡した。

結衣「ありがとう。おじさん」   

 結衣は、満面の笑みを浮かべ、漁師賢三にお礼を言った。

康 史「じゃあな、おじい。ホント今日来てよかった。ありがとうな」

賢 三「また、市に来いよ、2人とも。いつでも魚、やっからよ」

 寄り添いながら市場を後にする康史と結衣を見送りながら、賢三は言った。

賢 三「いいねえ、若いって事は。オレもあの時分に戻りてえもんだ」

 それから、康史と結衣は、軽トラックで市から少し離れた船の停留所に移動した。康史と結衣は、停留所に停めたトラックの座席に並んで、青い海を眺めながら、もらったばかりのクロダイの刺身とタカエビを食した。

康 史「うーん、美味しい。最高だね。結衣ちゃん。」

 康史は、チヌの刺身を醤油をつけて口の中で噛み締めた。身がブリブリして、噛み締めるたびにチヌの旨みが口全体に広がった。

康 史「結衣ちゃんも食べてみ」

 康史に促されて、結衣もチヌの刺身を醤油につけて一切れ口に運んだ。結衣の口の中に今まで生きてきた中で経験したことのない、濃厚な旨味が口全体に広がった。

結 衣「美味しい…。ボク初めて食べた、こんなの」

康 史「このタカエビもうまいぞ。食べてみ」

そう言って、康史は、結衣にタカエビの入ったフードパックを蓋を開いて、結衣に差し出した。結衣は、康史に促されるままに、タカエビに手を伸ばす。そして、タカエビのしっぽを摘んで醤油に身を浸すと、身を口に運んだ。ぷりぷりする。そしてたかえびの旨味が口全体に広がる。あまりの美味さに結衣は言葉を失った。

 賢三からプレゼントされたチヌやタカエビに満足した康史と結衣は、しばらく眼前の海を眺めていた。ただ静かに時が流れる。最高のひとときを2人は堪能した。


 同日14時、康史と結衣は、下輝石島の北部に位置する旧咲島港きゅうさきしまこうに来ていた。旧咲島港のある咲島地区は、人口500人の過疎地域だ。旧咲島港では、年1回"ウミネコ祭り"なるイベントが開催される。"ウミネコ祭り"とは、このイベントのためにチャーターしたクルージング船に参加者を乗せて、港から周辺海域を周遊するというもの。途中、観光名所として有名な咲島断崖を通過する。咲島断崖は、高さ150mの荒々しい海食崖が16Kmにも渡って続く景勝地で、珍しい奇岩、巨岩を数多く観覧できる。また、ウミネコ繁殖の南限地であり、繁殖期には数多くのウミネコで断崖付近はごった返す。

結 衣「さあ、今からクルーズ船に乗ってちょっとした小旅行に出かけよう。結衣く

    ん、さあ、どうぞ」

 そう言うと、康史は、結衣に左手を差し出した。結衣は、そっと左手を差し出す。康史は、結衣の手を掴み自分の方へ引き寄せる。そして、2人はクルーズ船の通路を通って甲板に出た。

 実に晴々しい日和だ。上空は晴れ渡り、澄み切った薄青い空間にいい塩梅に、ホワイトの雲がまるで筆で描いたような線画が描かれている。船上に立っていると時折心地よい風が吹き抜ける。最高に気持ちいい瞬間だ。

 結衣と康史めがけて無数のウミネコが飛来してくる。お目当ては結衣が持っているカンバンだ。あっという間に結衣の周りは白いふわふわした、パタパタした飛翔物で覆われた。結衣が手の中にカンバンを広げると、数羽のウミネコがクチバシを激しく突っ込みカンパンを捕食した。

康 史「うわうわ、そんなにがっつくな」

 そばにいる康史は、ウミネコのあまりの激しくカンバンを啄む姿にあたふたしている。結衣は、ウミネコの元気な姿にニコニコしていた。その後、カンパンを平らげたウミネコは遠くの空へ飛び立っていった。

康 史「元気なヤツらだ。どうよ、結衣ちゃん、楽しいか?」

結 衣「ウミネコかわいいね。楽しかった。」

康 史「そうか、それは良かった。」

 結衣と康史は満足だった。二人を乗せたクルーズ船は、沖合にある宝岩で旋回し、旧咲島港へ向かう。左岸には、咲島断崖が存在感を露わにしていた。潮風と夏の日差しを一身に浴びて二人は私服のひとときを堪能している。やがて、旧咲島港が見えてきた。船が港に着く。クルーズ船から降りた結衣と康史は、再び海に向かって風を感じていた。

康 史「最高だったな。結衣ちゃん」

結 衣「ええ」

康 史「結衣ちゃんにやめてほしいことがあ

    る」

結 衣「何?」

康 史「自分のことをボクと言うのは、やめた方がいい。キミは、可愛い女性なの

    に、なんか似合わないよ。無理して突っ張ってる感じがする」

結 衣「親にスパルタ教育を受けてきて、いつしか誰にも負けないようにって思うよ

    うになってたの。うん、わかった。これからは、ワタシって言うようにするわ」

康 史「よし。結衣ちゃん、ちょっと話がし

    たい。いいところがあるんだ。つい

    て来てくれるけ?」

結 衣「…いいよ」

 こうして康史が企画した島デートは、結衣のハートをガッチリ掴んでいた。大成功だった。この後、康史と結衣は、人目を偲ぶ様に旧咲島港を後にし、巻浜洞穴へ向かった。


 同日19時、結衣と康史は、巻浜集落のはずれにある、巻浜洞穴に来ていた。巻浜洞穴は、巻浜集落から1キロ離れた海岸沿いにある洞穴だ。夏になると、近隣の親子がやって来て、貝掘りや魚獲り、また、近くの海岸で砂遊びをして過ごす。しかし、巻浜洞窟にはもうひとつの顔がある。それは、昔から若い男女が一夜を過ごし、そして結ばれる場所なのだ。

康 史「結衣ちゃん、こっちこっち」

結 衣「大丈夫なの。ここ」

康 史「まあ、オレについて来て」

 結衣は、康史の後を着いていく。結衣は、コロナ騒動や夏祭り、そして、今日のデートを経て、康史に対する警戒心もすっかりなくなり、康史を信用しきっていた。一方、結衣に最初に会ったとき、スケベ心が隠せなかった康史も落ち着いた大人の男に変貌していた。

 二人は、洞窟の奥にたどり着いた。そこには、なんと美しい湖があり、壁面には鍾乳石が張り巡らされ、そして、天井からは月明かりが差し込み、幻想的な世界を形成していた。

結 衣「す・て・き…」

 思わず感嘆の声が漏れる結衣。

 近くにいた康史は、結衣が愛おしくなり、優しく後ろから抱きしめた。

康 史「愛してる、結衣…」

 康史は、結衣を砂面に押し倒した。結衣は抵抗せず、砂面に倒れ、そして、静かに眼を閉じた。康史は、自分の唇を結衣の唇に重ね合わせた。外から静かに波音が聞こえる。康史は、結衣の唇から離れると、結衣の服をゆっくり脱がし、唇で愛撫した。結衣は時折しかめ面をしたが、抵抗はしなかった。ただ流れに身を任せていた。そして、ひととおり結衣の身体の感触を確かめた康史は、結衣と身体を重ね合わせ、そして、一体になった。

結 衣「ああっ」

 結衣は感じていた。

 こうして二人は、世が明けるまで身体を重ね合わせ、愛し合った。

 

 8月23日早朝、康史と結衣は、結衣の秘密の場所である、希望の丘に立ち、地平線から昇る朝日を眺めていた。結衣は、康史に抱かれて、体を康史の胸に委ねていた。

結 衣「き・れ・い…」

康 史「結衣、結婚しよう。幸せにする。絶

    対」

結 衣「康史…」

 朝日をバックに、康史と結衣は熱いキスをする。

 康史は、結衣が自分だけの秘密の場所と思っていた希望の丘に、密かに祈願碑を建てていた。結衣にとっての希望の丘は、康史にとっての希望の丘でもあった。やはり2人は結ばれる運命だった。こうして、2人は本当の夫婦になった。2人を邪魔するものはない。ただあるのは、どこまでも続く幸せな明るい未来だけだから。


 第4話、いかがでしたか?康史の頑張りで、ワタシ達2人は、遂に結ばれました。康史との夜は最高でした。私達、結婚します!

 ところが、島をかつて経験したことのない大型台風が襲います。台風災害によって康史とワタシに突然別れが来ることになるなんて…。

 第5話「台風10号襲来。そして別れは突然に…」で会いましょう。


 島風が好きになるなんて…。

 


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