第3話 夏の夜に咲く結衣花火

 8月14日18時、結衣の祖母たゑ子宅。コロナに感染した結衣と康史だったが、すっかり元気になった2人は、たゑ子を交えて食卓を囲んでいた。

たゑ子「本当に良かった。2人とも無事で。コロナは本当に恐ろしかね」

結 衣「心配かけてごめんね。まさかボクがコロナになるなんて思わなかった。

    島だと甘く見て、マスクもちゃんとしてなかったのもいけなかった。反

    省してます。康史にもコロナ移しちゃったし…ホントごめんなさい」

康 史「オレの方こそ反省してます。島に慣れない結衣ちゃんにいろいろプレッシ

    ャーかけることばかりしてスイマセン。堪忍してな、結衣ちゃん」

 結衣も康史も、口では謝り合っているものの、何かが吹っ切れたようだ。お互い柔和な表情で優しい口調で語り合っている。

康 史「そうだ。結衣ちゃん。弁当ありがとうな。アレ、結衣ちゃんが作ったの   

    か?」

 そばにいたたゑ子が康史に事の顛末を語った。

たゑ子「診療所から帰ってきてから、結衣がばあば、台所貸してと言うから、何すっ

    とかと聞いたとよ。そしたら、結衣が、康史から重箱をもらったからお礼す

    るとか言って、弁当を作り始めたんよ。見てたら、本当に手際がよくてびっ

    くりしたわ」

 それを聞いて、康史は結衣のことが一層愛おしくなった。

康 史「結衣ちゃん。また作ってな」

 結衣は、静かにコクリと頷いた。

 そこへ、たゑ子が、巻浜地区の夏祭りの話を振る。

たゑ子「ところで、コロナ騒ぎですっかり忘れとったばってん、明日は、巻浜の夏祭

    りじゃった」

結 衣「この島でも夏祭りがあるんだ。東京では隅田川の花火大会とか、世田谷区た

    まがわ花火大会なんかに行ったことあるけど、最近はコロナで中止になって

    たのに。大丈夫なの」

康 史「この集落の夏祭りもコロナで中止だったけど、今年は3年ぶりに開催するこ

    とになったんだ。まあ、オレ達は、運悪く、いや、幸運にもだけどな、結衣

    ちゃんとの距離も縮まったしな。なにいってるんだろう、オレ」

 結衣は、康史のもじもじしている様子を見て、ははーん、コイツ、ボクを花火に誘いたいんだと勘に来た。

たゑ子「康史、せっかくだから、結衣を花火に連れてき。結衣、巻浜の花火はよか

    ど。綺麗じゃっで、行き」

 たゑ子は、康史に結衣を夏祭りに誘うように促した。康史は、そのサインに応えるように、結衣を夏祭りに誘う。

康 史「結衣ちゃん。心配せんでよか。オレが連れてっちゃるきに」

結 衣「じゃあ、せっかくだから、よろしくお願いします」

康 史「よかった。じゃあ、明日の18時に迎えにくっで。オレはこれで失礼しま

    す」

 康史は、慣れないデートへの誘いが恥ずかしかったのか、その場を急ぎばやに離れるようにたゑ子宅を後にした。

たゑ子「良かったね。結衣。花火を楽しんでい」

結 衣「ありがとう、ばあば。花火楽しみ」

 久々の花火を観れてうれしそうな結衣。


 8月15日10時、康史は、巻浜集落の自治会メンバーと会場となる神玉姫公演にいた。

 神玉姫公園は、普段は、集落から1キロメートル東にある岸河小学校の児童や近所の若い親子がたまに遊ぶ程度で閑散とした場所なのだが、お盆は島外から帰省した人やその親族で賑やかになる。島の地区コミュニティ協議会は、帰省客や住民のために、盆踊りや小規模なコンサート、そして、催しの締めに、花火を100発程打ち上げるのが、巻浜集落の一大イベントとなっている。

 住民と康史は、花火大会の準備をしながら談笑している。

住民B「康史。お前コロナにかかったらしいな。大変じゃったな」

住民C「ホンに(本当に)もう大丈夫やっとか。コロナをうつさんでくれよ」

康 史「大丈夫、大丈夫。もうコロナにかかったから、二度とかからん。ほうれ、こ

    の通りピンピン」

 康史は、集まっている住民に向かって、ボンと自分の胸を左手で叩き、任せんかというような意思を示した。

住民B「ところで、たゑ子ばあのところに来てるもじょか(かわいいの意)娘もコロ

    ナにかかったらしいがな」

康 史「結衣ちゃんも災難だった。慣れない島の環境に耐えていたのかも。でも、彼

    女がコロナにかかったおかげで、彼女との距離も縮まってんでよかったけ

    ど」

 そう言って、康史は嬉しそうな表情を浮かべた。

住民B「よしっ、いいぞ、康史。彼女をモノにするんだぞ」

康 史「でも、この後どうしたらいいかさっぱりわからん」

 そこへ側にいた若い夫婦が康史にアドバイスを与えた。

若 夫「3年前に開催された花火大会の中で、ある企画がありました。例年、祭りの

    の最後に100発の花火をあげるんですが、花火を打ち上げる前に、希望者を

    募って、大切な人のために特別な花火を打ち上げる企画です。名付けて、

   「スペシャルナイト」。実は、私もその企画に申し込んで、妻にプロポーズし

    ました。そして、結婚。現在に至るというわけです」

 そう言うと、若夫婦はお互いを見つめ合って微笑んだ。

会 長「いいでねぇか。康史、最高じゃ。よし、今年はその「スペシャルナイト」を

    復活させることにしよう。お前は、その企画に申し込んで、その娘にプロポ

    ーズせえ。わかったな、康史!」

 自治会長は、康史に「スペシャルナイト」への参加申し込みを促した。

康 史「よーし、わかった。オレ、その「スペシャルナイト」に申し込む。そして、

    オレの全身全霊をかけて結衣ちゃんにプロポーズする。よーし、よ

    ーし」

 かなり鼻息の荒い様子で興奮しているが、康史は覚悟を決めたようだ。

会 長「皆の衆もよかな!今年は3年ぶりに「スペシャルナイト」を花火大会のク

    ライマックスに取り行う。康史、男になれよ!そして、結衣という娘を

    必ずゲットせえよ」

 そう言って、自治会長は康史の背中をボンと叩いた。

若 妻「私達も応援してます。頑張って」

 3年前の「スペシャルナイト」がきっかけで結婚した若夫婦も康史にエールを送る。

 その後、会場設営は、自治会メンバーにより急ピッチで進められ、会場は完成した。あとは夜を待つばかり。


 同日18時、康史は、たゑ子宅を訪れた。康史は、気合いが入っていた。康史の近所に住む老婆に頼んで着せてもらった浴衣に身を包み、胸を張って腕と足を同時に動かす、まるでロボットのような歩き方でたゑ子宅にやって来た康史。たゑ子宅の玄関をガラガラと開ける。

康 史「こんばんは。準備はできたけ。結衣ちゃん、行っど」

 奥から、結衣が姿を現した。純白に鮮やかに彩られた赤い花々が映えた涼しげな浴衣に袖を通した姿は、まるで夜に咲く月下美人のようだ。

康 史「かっ、かわいい…」

 康史は、思わず声を漏らしてしまった。そして、慌てて両手で口を押さえた。結衣は、その康史の仕草にぽっと顔を赤らめた。

たゑ子「どうじゃ、康史。かわいかろう。しっかりボデーガードせんといかんぞ。で

    ないと、結衣は他の男に取られるけんね」

康 史「わかってらい。行こう。結衣ちゃん」

 康史の呼びかけに従い、結衣は草履を履いて歩きだす。

結 衣「では、言って来ます。ばあば」

たゑ子「気をつけてな」

 玄関を出る康史と結衣。玄関が静かに閉まる。

たゑ子「初々しいねぇ。あたいの若い頃を思い出すよ。あたいも若い頃に戻ってやり

    直したいよ…」

 たゑ子は、自分の若い頃をふと思い出していた。たゑ子にも愛する彼との幸せな瞬間があったようだ。そして、今幸せな瞬間を迎える康史と結衣にそっと声援を送るたゑ子。

たゑ子「絶対結ばれるんだよ。きばれ!結衣。きばれ!康史」


 同日19時、巻浜集落の夏祭りが始まった。巻浜集落は、人口100人程度の小さな集落なのだが、年に1回の貴重なイベントのためか、集落住民のほとんどが会場に集まっていた。会場の神玉姫公園の西側に舞台が設定され、舞台に向かい合うように、パイプ椅子に座った住民達がいる。そのまわりには整然と屋台が配置されている。焼き鳥、ソフトクリーム、焼きとうもろこし、かき氷、そして、キンキンに冷えたビールも販売している。こんな島のはずれでも、こんなに賑やかになるもんだなと関心するばかりだ。舞台では催し物が着々と進んでいく。康史と結衣は、並んで舞台の催し物を眺めている。康史は、落ち着かない様子、両手で握り拳を作り、膝に起き、一点を見つめて思い詰めている。まるで舞台の主役が本番前に舞台袖でガチガチに緊張している姿だ。

 自治会長の挨拶で始まり、地元の有志によるバンド演奏、婦人会による踊りの披露、子ども達による太鼓演奏が続く。夜も大分更けてきた。そして、いよいよクライマックスの花火の打ち上げの時間を迎えた。

司 会「それでは、最後のプログラムになりました。巻浜集落恒例の花火100連発

    です。今年は、3年ぶりに「スペシャルナイト」を開催します。この企画

    は、普段お世話になっている人や想いを伝えられない人に、特別な花火を打

    ち上げ、想いを伝えるという大企画です。さあ、我こそは、という方はいま

    せんか」

 その場でスクッと立ち上がり、左手を挙げる康史。

康 史「はい。立候補します!!」

 会場中に笑いが起こる。

住民D「何に立候補するんだ、康史。市議選か」

 住民からの言葉に、会場はさらに笑いが起こる。康史は、両手を前後に大きく振りながら舞台に進んでいく。結衣は、右手に持っていた団扇を口に当ててじっとその様子を見ている。

司 会「それでは、お名前をどうぞ」

康 史「なっ、中野康史です」

司 会「では、康史さん。今から花火をうちあげますが、誰に向かって上げますか」

 康史は、緊張でガチガチだったが、気合い入れて大声で叫んだ。

康 史「結衣さんです」

 会場は、おおーという感嘆の声やヒューヒューという冷やかしの声で一時騒然とした。結衣は、驚きの表情を見せたが、恥ずかしくなり団扇で顔を隠した。

司 会「今回結衣さんのために花火をあげようと思ったのは?」

康 史「結衣は、東京から何もないこの島に来ました。オレは、彼女の、何という

    か、透明感のある、その姿に一目惚れしてしまいました。それから、オレが

    コロナで入院してた時も手作り弁当を持ってきてくれて。オレ、結衣さんを

    彼女にしたいと思いました」

司 会「結衣さんは、いますか?」

 司会者が呼びかける。結衣の肩を、そばにいた若夫婦の奥さんがボンと叩いた。

若 妻「さあ、彼の気持ちを受け止めてあげなさい」

 結衣は、その場を立ち上がり、ゆっくりと舞台へ向かった。見守る住民達。結衣は、舞台へ上がる。

康 史「結衣さん、あなたに惚れました。オレの彼女になってください」

 右手を差し出す康史。そこへ、結衣は、自分の右手で優しく握った。

 会場から。拍手と感性が起こった。

住民B「よくやった、康史」

住民C「おめでとう、康史。彼女を大事にするんだぞ」

 舞台の裏側から、花火が上がる。夜空には、大輪の花が一発、二発、そして三発と咲いた。二人の門出を祝福する花火だ。

 祭りの参加者達は、その夜、最高の時を共有した。祭りのフィナーレを飾る100連発の花火がパーンパーンとこだましながら、巻浜の空を彩る。結衣も、康史も、住民達も、なんとも言えない、あたたかな幸せをその身に味わっていた。


 その後、巻浜集落では、この夜の花火を"人と人とをつなぐ結衣(結い)花火"と呼ぶようになる…。

 

 第3話いかがでしたか?

 ボクは、とうとう康史のプロポーズを受け入れてしまいました。巻浜の夜空に打ち上がる花火はホントに綺麗でした。それから、祭りのあと、住民達からは、交際の仕方の指南や、結婚後の生活はどう考えているか聞かれたり、やっぱり島の人は、世話焼きが多いなと。

 次回からは、いよいよ康史とワタシとの交際が始まります。それでは、第4話「康史と結衣の島デート」で会いましょう。


 島風が好きになるなんて…。

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