第5話 最低な解決方法と、とりあえずの結末
九段下は怪訝そうな視線をこちらに寄越す。
「……あなた、誰? 文芸部員ではないわよね。北綾瀬さんの連れ? 案外美人局なのかしら」
「そんなわけあるか」
飛躍しすぎだ。
推測するならせめて恋人からにしてほしい。
「そうなの? ……ま、いいか。あなたが何者であるかは今大した問題じゃないしね。で、何?」
「文芸部の廃部の件を無かったことにしてほしい-------といっても多分許してくれないだろうから、今からあるものを見せる。それが判断を歪めるのに足るだけのものかどうかは、副会長が決めてくれ」
「……へぇ。面白いかも。いいわ。見せて。それがもしわたしの心を動かせば、廃部の件はとりあえずなかったことにしてあげる。でも、もしできなければ………そうね、3分の4殺しね」
「わ、わかった。それでいこう」
そう答えてから俺はまっすぐ掃除用具入れのほうに向かう。北綾瀬が何してるんだこいつは、というような目でこちらを見てくる。その冷ややかな視線に俺は何かに目覚めそうに------いや、このくだりはもういいか。
掃除用具入れの前に辿り着く。
鉄製の錆びたドアノブに手をかけ、勢い良く開ける。
「な……………………それは」
背後で九段下が息を呑む気配がする。
俺は不敵な笑みを、精一杯浮かべてみせる。
息を吸って。
「そう、これは正真正銘純粋純真完全完璧に『エロ本』だ。あなたという人がいながらこの有様。一体どういうことなんだろうな?」
「番人」九段下夜宵。
その異名の由来は、彼女が副会長になってから行った校則に関する政策にある。
例えば部活動に必要な部員数。
以前はかなり曖昧で収拾がつかなかったそれらも彼女の政策によって明確化された。
運動部文化部それぞれに規定人数をさだめ、満たさないものはすべて解体。
生徒の身だしなみや不用物持ち込みなど何から何までを風紀委員と連携を強めて制限していった。
そのおかげで変人だらけのこの高校も少しはまとまりを見せてきていたし、治安も良くなったのだが……。
その代償として東一般棟には
「ゴーストタウン」が出来たり、副会長自身がかなり恨みをかっていたりする。
説明が長くなったが、埠頭高校の法の
「番人」これが彼女の異名の所以だ。
「この学校には風紀委員と生徒会による持ち込み検査が毎日ある。それも校門前でだ。副会長が怪しげな生徒を選別してそれを部下に確認させるような流れで。毎度毎度全員を判別し選抜するその慧眼には恐れ入る。で、当然俺もブツを持ち込もうとした時当然目をつけられた。ついたチェック担当は誰だったと思う?」
九段下は答えない。
「生徒会長だよ」
俺はスマホを操作し、音声記録の画面を開く。そしてすぐさまスピーカーモードに設定した。
九段下が心なしか俯き気味になっているように感じる。
再生ボタンを押す。
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会長「ちょっと流石にダメだよこれは」
生徒k「やっぱりダメですか………」
会長「うーん………、いい線いってるんだけどねえ。着衣モノかあ。まあわかるよ? 確かに本来は生まれたままの姿で行う行為をあえて服を着て行うことで生まれる痺れるような背徳感。それは確かに何ものにも変え難い魅力を秘めてる。でもまだいけるはずだよ。まだ歪められる。君にはその素質があると、わたしは踏んでる」
生徒k「まだ、足りませんか……」
会長「そうだね……、でもまだまだこれからさ。君も、私も、ね? だから今回のことは不問にしてあげよう。……特別だぜ?」
生徒k「ま、まじすか……?」
会長「もちろん。わたしは出る杭は打たれる前に引き抜く主義なんだ。………その代わりと言ってはなんだが、その……」
生徒k「? ………わたしの下僕になれ、と?」
会長「いやそれはそれで返答としては100点なんだけど、ちがう。その言いにくいんだけど、そのエロ本一冊、わたしにちょうだい?」
生徒k「………え?」
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不意に。
何かが切れる音がした。
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
奇声。
何かが砕ける音。
砕けたのは、先ほどまで俺と会長の会話を流していた、俺のスマホだった。
「ちょ、ええええええええええええええ!?」
砕いたのは、犯人はもちろん彼女だ。
「あのゴミ、絶対殺す!!!!!!!!」
端正な顔を歪ませて、目にはうっすら涙を浮かべた九段下は、そういうが早いか目にも止まらぬ速さで部室を飛び出していった。
「………あれをダシにゆすろうと思ってたんだけどな………」
俺と北綾瀬は、また相対するように机に座っていた。どこか拍子抜けしたような、腑抜けた空気が流れていた。
「それもそれでどうかと思いますけど、でも、とりあえずこれで、危機は脱したんですよね」
「まあ、俺たちはな……」
会長がどうかは知らないけど。
まあ、自業自得ってことで納得してもらおう。ごめんな、会長………。
「そう、ですか………」
「どうした?」
「いえ、ただ、嬉しくて………ありがとうございました。文芸部を、わたしを、救ってくれて」
そう言って彼女は、わらった。
なきそうなかおで、でも確かに、笑った。
俺は。
救えたのか。
彼女の努力はまた、報われるチャンスを得ることができたのか。
ああ。そうか。
俺も、笑った。
彼女の笑顔を作り出せたその事実が、
俺の努力の、その証だった。
ガタリ! 明け方 @203kouchi
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