第3話 「文芸部の少女」卒業

前回までのあらすじ


 エロ本の処分のため、再び文芸部室を訪れた清瀬。

 しかしそこでは文芸部の少女と埠頭高校の 「番人」九段下夜宵のバトルが勃発していた。

清瀬の運命やいかに---------!


↓より本編


「何度言ったらわかるのかしら。どうごねたってこの決定は覆せない。いえ、覆さないわ。この部は廃部。これはもう決定事項なの。そしてこれは忠告ではなく勧告よ」


「っ……。だからそんなの……。どうしてですか。部員が足りないのなら集めます。実力が足りないというのならこれから取り返して見せます」


「……そうね。確かにこの決定は少し横暴かもしれない。まあそれも、この部活が単に部費が足りてなくて、単に実力がないだけの部活だったら、の話だけれど。あなたもわかっているんでしょ? なんでこの部活が数ヶ月間部活停止状態だったのか。その原因を考えればこの措置も当然よ。それに、あなたも被害者じゃないの? 北綾瀬さん」


「…………………」


「もういい? じゃあこれ、廃部の関連書類。ここに置いておきますから、1週間以内に記入して生徒会室まで持ってくるように。それじゃ」



 

 ………話は終わったようだった。

 というか、開校時間自体が終わったようだった。

 あの時、口論の相手が九段下だと確認したあの時。俺は咄嗟に部室の前に備え付けられていた掃除用具入れの中に隠れた。そこで会話の一部始終を聞き、九段下が部室から去っていったところまでは覚えているのだが……。

 いかんせんその後の記憶がない。部室に入るか否か迷っているうちに寝てしまったのだろう。頭だけはやけに冴えている。

 

 そーっと用具入れから抜け出す。

 これはある意味捉えようによっては好機と言えるのかもしれない。

 なんの気兼ねもなくエロ本を処理できるのだから。


 真っ暗な教室の中をスマホのライトで照らしながらブツを探していると、教室の隅にそれらしきものを見つけた。近づいて確認を試みる。机の上に堆く積まれた紙の束。それはしかし、俺が探し求めているものではなかった。


 原稿用紙。


 それがこの紙の正体だった。

 互い違いに何百枚かごとに分けられている。

 なるほど。これが作品か。いやここは文芸部室なのだ。あって当然のものである。今まではエロ本のことしか頭になかったため気づかなかったが。いまだに原稿用紙とは少し時代錯誤な気がしなくもない。

 気まぐれにそのうちの一束を手に取ってみる。


「   めくら     

               北綾瀬君名」


 とあった。

 北綾瀬は確かあの少女の名だったはずだ。九段下がそんなことを言っていた。


「……………」


 しばらく悩んで。

 俺はそれを読んでみることにした。

 時間にあまり余裕はなかった。

 彼女に特に思い入れがある訳でもなかった。

 ただ、そう。

 確かめたかったのだ。

 彼女が果たして自分と同類なのがどうか。

 それでどうしようというわけではない。ただ安心したかった。努力が報われないのは自分だけではないと、知っていてなお、わかっていてなお、達観したようでいてなお、実感したかった。

 だから読んだ。

 勝手に持ち出すのは流石に憚られたのでその場で。

 暗い教室の中で一人、原稿用紙を手繰った。



 俺の読書経験は実のところかなり浅い。

 まともに読んだことがある本は夏目漱石とか谷崎潤一郎とか、いわゆる教養として読んだ方がいいといわれている名作ぐらいだ。

 でもそんな俺にでもわかる。

 この小説は間違いなくそれに並ぶくらいの名作だ。いや、俺にとってはそれ以上かもしれない。

 両目が義眼の少女と毎夜眼球を抉る猟奇犯罪者の物語。

 すれ違う二人の思い、そのもどかしさ。

 文章から伝わる荒削りながらも熱い思い。

 ページを手繰る手が止まらなかった。


 朝日が差し込む教室で一人、寝転がる。

 この小説はきっと、彼女の努力と研鑽の上に成り立ったものなのだろう。そしてこれからも小説を書き続ける、その予定だったのだろう。そのどれもが名作ではないかもしれないが、それでも彼女は書き続けるつもりだったはずだ。

 今となってはもう叶わないことだが。

 結局彼女は俺と同類だった。

 運悪くハズレくじを引いた特に珍しくもない大勢のうちの一人だった。

 でも。

 だが。

 しかし。

 なぜか。


 俺は少しも、心安らかにはならなかった。



「え」


 不意に入口の方から、上擦った声がした。

 起き上がるとそこには案の定彼女が。

 ----------北綾瀬がいた。

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