第2話 清瀬数希の憂鬱
サイズの合わないワイヤレスイヤホンを無理やり耳にねじ込んで。
爆音で脳をシェイクする。
それだけで俺は現実から逃避できる。
見ないで済む。
などとは勿論露ほども思っていない。
帰宅途中。駅のホーム。
俺は参考書を読んでいる少女を尻目に電車を待つ。
彼女は分厚い参考書をその細腕に収め、黙々と勉強している。纏う制服はこの県の高校の中でトップの偏差値を誇る、全国的にも有名な高校、空ノ宮高校のものだ。
俺が通うはずだった高校のものだ。
この世にはきっと、才気に溢れた有望な人材を気まぐれに潰している組織が存在している。そんな世の不条理を体現したような組織が存在しているのだ。そして俺もその標的にされた。きっとそうだ。そして勉学に励む彼女もいつか彼らの魔の手に落ちる。きっと、そうなのだ。醜いルサンチマンとか、そういうものではないのだ。
決して、そうではない。
やがて電車が来て、俺と彼女はそれぞれ別の車両に乗り込む。
絶えず耳朶を打つ流行りのロックバンドのギターソロを聞き流しながら、日没前の街を眺める。
努力は必ず報われる。その言葉は優しい。優しすぎて、縋って、ずっと心に留めておきたくなるほどに。でもその言葉をかけてくれる人はいつだって成功者だ。成功談だけを聞かされたところで、それは薄っぺらい理想論と同じ。
失敗に依存するだけの言葉。
現実は違う。努力が報われる確率はどう頑張っても同様に確からしい。それだけのこと。
だから現実はゴミで、
努力する意味はどこにもない。
そんな「あの日」から幾度となく繰り返した独白を終えたタイミングで、目的の駅に着く。俺は電車を降りた。
ドアとホームの隙間に何かの間違いで落ちてしまうことを、心から願っていた。
やっぱり燃やそう。
そういう結論に辿り着いた。
あのエロ本のことだ。
流石にあそこに置きっぱなしというのはマズいだろう。昨日は気が動転していてそこまで頭が回らなかったが……。
それに彼女がエロ本の存在を明かす可能性もゼロではない。昨日はああ言ったものの、やはり露見するとそれはそれで面倒だ。
結局入部の件は有耶無耶になったわけだし。
そんなわけで空室-----もとい文芸部室を再び訪れた俺だったが。
……なにやら言い争う声が聞こえる。
一方の声は昨日出会った文芸部の少女の声。そしてもう一方は----これはまさか。
確かに聞き覚えのある声だ。しかしクラスメイトでもなければ幼馴染でもない女性の声。
カーテンの隙間から、そっと中を覗く。
そこにいたのは二人の女子生徒。
二人は教室の前方と後方に、それぞれ相対するような形で立って言い争っている。
左手側の少女は予想通り昨日であった文芸部の少女。
そして右手側の少女は。
透けるような白髪に色素の薄い瞳。
人形のように無表情で、整った容貌。
その姿は、黒髪で艶やかな黒瞳をたたえている文芸部の少女とは正反対の様相を呈していた。
九段下夜宵。
埠頭高校生徒会執行部副会長にして「番人」の異名をとる端的に言えば最悪の相手だった。
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