キミナライブラリ
第1話 清瀬の宝物庫
私立埠頭高校。
地元でそこそこ有名な、しかしその特色は生徒数と、それに比例するように変人が多いということしかない高校である。俺が毎日通学している高校である。これが1番重要かもしれない。
そんな埠頭高校には部室棟なるものがある。
こうして強調して書いたからには他の高校とは一線を画す違いがあるわけで、それはその規模の大きさだ。なにせ東棟と西棟で俺たちが普段授業を受けている一般棟と同じくらいの規模があるのだから。この高校の校則上、比較的部活を創設しやす「かった」ことがその主な原因なのだが……。
もちろん、それほど広い部室棟ともなれば
空き部屋が生まれてくる。
裏山側にある少々陰気な西棟。
1階奥。
そこにそれはあった。
かつて部活名が掲げられていたであろう入口の貼り紙も今は白紙。
誰かが使っているような形跡も見受けられない、空室。
俺のミニュアースの宝物庫。
即ち清瀬の宝物庫。
そこに眠るは行き場を失ったリビドーの
捌け口。
いついかなる時代も
俺たちが焦がれ求め続けるモノ。
「エロ本。これ、あなたのですか?」
「な……誰だお前!?」
放課後。いつものように空室に向かった俺を待ち受けていたのは乱雑に山積みにされたエロ本と、女子生徒の冷ややかな眼差しだった。
「それはこっちのセリフです。ここ、私達が使ってた部室なんですけど」
「はあ?そんなわけないだろ。3ヶ月くらい前から来てるけど、誰かが使ってる形跡なんかなかったぞ。聞き苦しい言い訳もいい加減にしろよな」
女子生徒はこめかみを揉みつつ応えを返す。
「3ヶ月間部停だったんですよ。あなたはその間にこの部室を勝手にいかがわしい本の倉庫にした。そういうことでしょ。ていうか偉そうに話してますけど今自分が超絶ピンチだってこと、気づいてます? 例えば」
不意にスマホを取り出した彼女。少し画面を操作して、その結果を俺に見せてくる。それは学校が採用している先生と生徒の連絡ツールのホーム画面だった。
「簡単な話ですよ。私がここで誰かを今すぐ呼びさえすればあなたの社会的地位はあっけなく崩れ去る。まったく、これを見た瞬間反射で通報しなかった私を褒めて欲しいくらいです」
「くっ……」
確かに気が動転していてそこまで頭が回らなかったが、今俺は相手に弱みを握られているというこれ以上ないほど弱い立場にある。
「さあ、土下座でも……」
「すいませんでしたああああああああああ!
どうか命だけは!」
瞬間プライドを捨てた俺は、セリフが終わらぬうちに頭を床に擦り付けたのだった。
以上。走馬灯、終わり。
「土下座でもしろと言うところですが……、と続けようと思ってたのに。プライドとかないんですか」
「この件に関してはな」
「………そうですか。あの、そろそろ顔あげてください。私、別にそこまでの嗜虐趣味はないので。…あ、もしかして加虐趣」
「いやどちらかといえばそうだけども!」
勢い良く頭を上げた俺を待っていたのは先ほどよりもさらに冷ややかな、凍りつきそうなほどに冷えた眼差しだった。何かに目覚めそうになった…と、それはさておき。
「で、さっき言いかけたことってなんなんだ?全裸で校内一周とか?」
「なぜあなたはそうセンシティブな方向に持っていくんですか…? 違います。…これ」
彼女は俺に一枚の紙を突きつけてくる。
その紙の内容は。
「入部申込書…?」
「そうです。このことをバラされたくなければ、この文芸部に入部しなさい。変態さん。社会不適合なあなたにまともな学校生活を送れるようになるチャンスを差し上げます。ああ、なんて優しいんでしょう。まるで仏のようだわ。私。咎人に救いを、と言うやつね」
「………………」
いきなり社会不適合者の烙印を押されてしまったのには納得いかないが、今は割とどうでもいい。それよりこの入部届だ。正直言ってもし入部するだけでこの件が闇に葬られるならこれはかなりの好条件だ。しかし、当然それだけで済むとは思えない。入った後の話だ。
目の前のこの女が果たして幽霊部員化を許してくれるだろうか。無理筋な気がする。となるとかなり面倒なことになる。好きでもないことのために俺の大切な放課後の時間が潰されるのだけは避けたい。
どうすればいい?考えろ、考えろ、
清瀬数希っ……!
「どうしたんですか?早く書類にサインを」
「そのエロ本、もう一度よく見てみろ」
彼女の言葉を遮り、俺は言う。言われた通りに手近なエロ本に手を伸ばした彼女は、その目を見開いた。
「こ、これは……」
「…ふっ、気づいたか。そう。それは正確にはエロ本ではない。ちょっと際どい青年誌の表紙や女性用下着の雑誌だ。つまりこれが露見したとしても、俺は『雑誌を持ち込んだ生徒』として処理される。下着の雑誌に関してはお前のものだ、と言うこともできる。これで握られた弱みの効果は激減だ」
「………っ。このチキン野郎……」
恨めしげな声を上げる女子生徒。このノリに乗ってくれる彼女は、もしかしたら案外いいやつなのかもしれない。
「と言うわけでさらばだ名も知らぬ女子生徒。もう会わないことを、切実に心から願ってるぜ!」
そういって俺は、逃げるように教室を飛び出した。
ああ、今日は我が17年の生涯史上最悪に近い1日だった。……と思いかけて、女子と話したのが一年ぶりだと言うことを思い出した俺は、やっぱりそう悪い日でもなかったのかもしれない、と思い直したのだった。
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