変わり映えのない日常


 ずっと俺の金を親が管理していたのはこういう詐欺にあわないようにする為だったかもしれない。

 そうだとすると、内心感謝と申し訳なさが溢れ出てくるがこの際はどうでもいい。


 今考えるべき問題はズバリ、何処に置くかである。


 鍔と柄が付けられた刀身は完全に日本刀そのものである。見た目に反して案外軽いそれは結構な長さだ。


 勿論、目に付くような場所には置けない。なぜならもし買ったことが親にバレてしまえばうんと叱られて、挙句にはまた中学生のように親が管理するようになる可能性があるのだ。


 どうしても避けたかった。


 うちは両親共々朝早くから深夜まで仕事をしていて、あまり家に帰っても来ないから、割と自分の部屋に飾っていてもバレなさそうではあるが……どちらかが休暇をとれば見つかる確率は大きく跳ね上がる。


「ベットの下……いや、ダメだな。ああいうとこは休みに掃除するかもしれない。だとするとロッカー? それもいやそれもベットの下同様か」


 一人ボサボサと呟いてうーんと畝る俺。

 数十分色々と試行錯誤して、最終的にはロッカーの天井にはりつけることにした。


 ガムテープで天井にくっつけられた刀はなんともシュールで、俺は見上げながらクソッタレな買い物に嘆いた。


 その後、時刻ももう遅かったこともあり、俺は明日の学校に向けて寝た。



 ────ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ


 聞き慣れた電子音が憂鬱を告げる。

 瞼の裏から朝日を認識し始めた俺は温もりに包まれていたい本能を抑制して体を起こす。


 目を擦り、あくびをする。

 数秒間惚けた後にアラームを止めて、冷たい廊下をピタピタと歩いた。


 一階のリビングに向かうにつれて何かが焼ける音が聞こえ、ウィンナーの匂いが鼻腔いっぱいに広がる。


 階段とリビングをわける扉を開いた先では、台所で一人の少女が料理をしていた。


 眠気ナマコで見ていると、彼女はそれに気付いてにこやかに話しかける。


「おはよっ、ゆうくん。もうそろそろ朝ご飯できるから待っててね」

「……おふぁよ」


 ソファに座り、テレビを観る。ニュース番組は特段好きという訳でもないが、観ないと平日の朝って感じがしないのだ。

 暫くして「出来たよ」と少女が言った。


「「いただきます」」


 食卓は、目玉焼きにウィンナー、あとたくあんに白飯と随分と朝らしいものだった。


 どれも美味しい。


 食事を終えて腹がふくれた俺の脳は覚醒する。


「なんかいつもごめんな、夕凪ゆうなぎ。わざわざこっちに来てまでご飯作ってくれて」


 俺は感謝の礼を言う。

 彼女────夕凪は、「いいよいいよ」と腕を振った。


「ちゃんとおばさんからお金は貰ってるし、私からやりたいって言ったことだからね。それに苦でもないよ? ゆうくんと違って朝に強いから」


 夕凪 空乃ゆうなぎ くうのと俺は所謂幼馴染という関係である。


 歳が一個上の彼女は、俺が産まれてからの友人で、親同士が親友だったこともありよく遊んでいた。


 それは高校になっても同じようで、こうやって家で料理を作ってくれたり、一緒に登校したりと男女の仲としては珍しくずっとよろしくやってくれている。


「いやぁ、それでもやっぱ申し訳なさがあるっつーか……」


 俺は髪を掻きながら言って気づいた。寝癖がすごい。


「夕凪(ゆうなぎ)、ちょっとだけ待ってくれ。寝癖直してくる」

「いつでも待ってるから早く直しなよー。でないと私まで学校遅れちゃうから」

「すんません。ほんとすんません」


 彼女に対してはどうも頭が上がらない。やはりずっと面倒見てもらっているということが大きいのだろうか。


「お待たせ」

「よし、いこっか」


 二人横にならんで登校する様は、まるで恋人だ。しかし実際のところはそういう関係ではないし、ただ登校が一緒なだけという悲しい事実がある。


 因みに、俺は夕凪と同じ学校に通っている。

 家から一番近い学校だ。


「今日なんか元気ないね」

「えっ?」


 歩いていると、突然夕凪がそんなことを口にした。


「昨日なんか嫌なことでもあった?」

「嫌なことって……あぁー」


 俺は詐欺られたことを思い出す。高いし使いようのない物を買わされたのは確かに嫌なことだ。


 凄いな、自分でも忘れてたことを言い当てるなんて。

 出来事を彼女に伝えようか迷ったが、何処かで親に漏れたらまずいので心の中に閉まっておくとした。


「そんなに無いが、強いて言えば、今日の教科がクソってことぐらいだな。あの数学のハゲ教師、分からない奴ばっか当てて公開処刑してきやがる。性格悪すぎだろ」

「あぁ、あの先生か。そっか一年の授業も教えてるんだね。……よし、じゃあお姉ちゃんがとっておきの言葉を教えましょう」

「お姉ちゃんって、そんな歳変わんないだろ」

「細かいことはいーの。昔から弟みたいなもんなんだし。それで、その先生が今度ゆうくんを貶めるようなことがあったらこう言ってね」


 夕凪は俺の耳元で囁いた。


「『生徒会長に報告しときます』ってね」


 うちの幼馴染は権力持ってる系の生徒会長である。



 俺は学校が嫌いだ。

 その理由は勉強やらテストやら教師やら様々あるが……そんな中でも唯一、学校で好きと言えるものがあった。


 それが、学食である。

 俺は軽い足取りで食堂へと赴く。すると、横から割って入るように見知った奴が声をかけてきた。


「よお、遊馬ゆうま。今日一緒に飯食わね?」

戸田とだか」


 如何にも陽キャなワックスでこてこてな髪に、サッカーやってそうな爽やかな顔面を持つ彼は戸田 雅俊とだ まさとしという。

 別にそれ程仲がいいというわけでも無い、入学から少したって話しかけられて、それからたまに会話するくらいの奴だ。


 断る理由もなかったので、俺は彼の提案に了承する。


「さっすが心の友だ! 何か食いたいもんがあれば言ってくれよ? 俺が奢ってやるからさ!」


 急に心の友と叫んだと思いきや、いきなり肩を組んできた。相変わらず勢いが凄い。


 戸田はよく俺に話しかけては一人で一喜一憂盛り上がったり悲しんだりしている。正直言ってしまえば取っ付きにくい奴だが、それでも友人と呼べる人が少ない俺にとっては大切な話し相手だった。


「お前何食うの? カレー? それともハンバーグ?」

「んぃや、カレーもハンバーグも気分じゃない。そうだな……今日は無難に日替わり定食にでもしようかな」

「日替わり定食か。オッケーオッケー買ってくるわ」

「ああちょっと待って」


 走り出す戸田に手を伸ばし静止させる。


「お金まだ渡してないだろ」

「金なんてもんいいって。言ったろ? 俺が奢るって」

「えぇ、申し訳ねぇよ。金出すからそれで買ってくれ」

「いいって言ってんじゃんかよぉ。遊馬って結構ガンコなところあるよな」

「はい、450円。ガンコっていうか、ただのエゴだぜ実際。俺が良い気分になれないから奢るとかは無しな」

「ちぇっ」


 戸田が飯を買いに行っている間に俺は席を探す。早く食堂に来たからそれなりに空いていて、無事座ることが出来た。

 スマホでも弄りながら待っていると、両手にカレーライスと日替わり定食を手に持った戸田がこちらにやってくる。


「ほいよ、これ日替わり定食なー」

「ありがとうな」


 今日の日替わり定食は酢豚だった。出来立てのようでとても食欲がそそられる。


「くぅ~! やっぱここのカレーライスうめぇわ! 遊馬も一口どうよ」

「いやいいわ。酢豚あるし、酢豚とカレーとか絶対合わんだろ?」

「確かにそうだな。……そういやさ」

「ん?」


 戸田は周りをキョロキョロと見渡すや否や、耳打ちをする。


「お前ってあの夕凪センパイと関わりがあるんだってな……」


 何を言うかと思えばそんなことか。俺は酢豚を口に入れながら首肯した。すると戸田は希望に満ちたような顔もちになる。再度質問が飛んだ。


「夕凪センパイとお前ってどういう関係なの?」

「どういうって、ただの幼馴染だよ」

「マジ!?! あの高嶺の花と!?」


 最初の小声はどこ行ったのか、感情のままに声を出す戸田。俺は眉をひそめた。


「うるさいぞ。そんなに騒ぐようなことか?」

「そりゃあ騒ぐに決まってんだろ!? あの成績優秀スポーツ万能な清楚系美女で、何人ものイケメンを屠ってきた通称【ハンサムキリング】と昔からの間柄とか……羨ましすぎるだろ!!」


 そんな珍妙が彼女についていたのか。ただまあ、前者は俺も認めるが。


「別に、幼馴染だからってどうこうしてるわけじゃないからな。ただ仲が良いぐらいだ」

「ああうんだろうな。お前の顔面じゃ絶対釣り合わないだろうし」


 戸田を無性に殴りたくなるが、その気持ちを抑制する。


「あーでも、毎朝ご飯作ってくれたり一緒に登校したり、あとでかけたりはしてるな」

「ぐわあああああ!! なんだよ何それ!! うらやまじぃ! うらやますぐるぅぅぅぅ!!」


 公共の場という事を忘れてないかと問いたくなる程の奇声をが食堂中に響く。そろそろ俺も恥ずかしくなってきた……


「はぁ……はぁ……。遊馬さんやい」

「ん?」

「そんな幼馴染がいてさ、ほんと羨ましいんだけど、やっぱセンパイのこと好きだったりする?」


 箸が止まる。

 え、今こいつなんて言った? 俺が夕凪のこと好き? そ、そそそそんなわけなななんあああ。


 そもそも俺と夕凪は幼馴染だしぃ? そんな昔から知ってるしどっちかっていうと姉ちゃんって感じっつーか? 家族同然なわけで……ってああ! 家族ってのはそういう意味じゃなくてなんかこう恋愛感情でみれないっつーか!?


「……お前、顔に出やすい奴なんだな」

「え? うん? ナンノコトカナ? 俺は別に夕凪のこと昔から好きだとかないし初恋でもないしこの学校に来た目的でもないですけど?」

「おうふ、こんなあからさまな反応するやつ初めて見たわ。遊馬くっそ面白いな」

「てかなんでそんな話になるんですかぁ?」

「ああ。実は、お前が夕凪センパイと外歩いてる様子が目撃されててさ、そんで仲良くなっときゃ夕凪センパイに紹介してもらえねぇかなって思ってた。俺あのセンパイ狙ってるし。あ、てか好きじゃないってことはいいよな? 紹介してくれよ」

「すんません俺が嘘ついてました夕凪に恋しちゃってますええ」


 俺が即効で頭を下げると、戸田は大笑いをする。全くどこが面白いというのだろう。こちとらいつ彼氏が出来るかひやひやだっつうに。


「あ~笑った笑った。やっぱおもしれえなあ遊馬。こりゃ関わって正解だった」

「……一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「ん? どーぞ」

「夕凪が目的ってことは最初から俺と仲良くするつもりはなかったってこと?」

「おう」


 なんともあっさりと言ってくれる。

 しかしそっか、夕凪目当てかぁ……


 色々な感情がごちゃまぜになった悲しさが脳を支配する。俺はどちらかといえば内気な性格だが、コミュ障というわけでもない。ただ自分から積極的に話しかけたりしないだけで、話しかけられればそれなりに会話できるし、わかりあえる友達は欲しいのだ。


 そんな中、高校で初めて出来た話し相手。表面的にはそんなに気にしていなかったが、案外こいつのことを気に入っていたのかもしれない。

 ちょっとだけ、その発言が辛かった。


 だけどその思いをぶつけられない。こんなの勝手に期待して勝手に消沈しただけにすぎないのだから当然だ。俺はそんな歪な感情を紛らわせるようにただ咀嚼を続ける。


「まあでも、今となっちゃ違うぜ。俺は遊馬の面白さに気付いたからな! 今度どっか遊びに行こうぜ。あ、もうおごらねぇからな?」


 ……自分はつくづく単純な男だな。

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