虚炎刀が嘶く時

おけかぼす

ある骨董品屋

 

 通学路のT字路を右に曲がり、喫茶店と雑貨屋の間の道を真っ直ぐ通った先にある、小さな雑木林を抜けた所にある小さな骨董品店。


 人目のつかないところに建てられたその店は、非常に年季が入っているように見える。ガラスケースには

 高価そうな皿や、掛け時計が展示されており、その雰囲気をより一層際立たせた。


 そんな店の前で、俺は一人立つ。

 この場所は、俺が子供の頃から謎の店として有名だった。というのも、やっぱり立地が立地である為か、まるで人が入るところを見ないからだ。誰が作ったかもわからない噂を何回を人づてに聞いたことがある。


 曰く、あそこは魔女が住んでいると。

 曰く、あそこは異世界に繋がっていると。

 曰く、あそこは呪われていると。


 そのような話を聞いて、行ってみたくなるというのが俺という人間だ。今までは小遣いが親の管理下にあった為足を運ぶことが叶わなかった。

 しかし、身分が高校生へとなりバイトが出来るようになった今、俺を拘束するしがらみは何処にもない。


 日が沈みかけた学校帰りの放課後、初めての給料を全て注ぎ込んだ財布を手に握りしめた。

 遂に、ここに足を踏み入れることができるのだと、嬉しくて堪らない気持ちを秘めながら扉を開く。カランと音を鳴り、店内に響き渡った。


 案の定、というか人のいる気配はない。BGMが流れているということもなく、只々静けさが辺り一帯を支配していた。俺は最初に、展示品へと目を向ける。


 木製のギター、ガラスで出来た猫の像、古びた急須など、様々な物がある。

 雑把に並べられているように見えて、実際はどれも綺麗な状態だった。


 物色しながらより奥へと進んで行く。


 商品を見ていて、ふと気付くことがあった。どれも値段が書かれていない。ショーケースに入っている物も、壁に立てかけられている物も、値段が分からなかった。


 その時々に合わせて値段を決めているのか、と呑気に考えた俺だが、数瞬の間でどうにも不味い状況だと思い至る。

 まずい、店に入るからには何か買わないとと思ってお金持ってきたけど、金足りるかかな……


 普通の店ならば、万札が数枚あれば安心だろうがここは骨董品店だ。それも、人の全く寄り付かなく黒い噂が流れるような場所。十分にぼったくられる可能性があった。


 俺は足を止め、どうしようかと頭を悩ませる。

 一応、ずっと見たかった店内に入れたし、店員が現れないうちにさっさと去ってしまおうか。正直もっと探索してみたい気持ちもあるが、面倒なことになったら嫌だ。


 よし。


 俺は踵を返そうと後ろを振り返って────


「いらっしゃァ~い」

「うおアッ!?!」


 背後にいた男性に驚き腰を抜かした。尻もちをつき「あだっ!」っと情けない声を出してしまう。俺は動揺が隠し切れず欺瞞と不安の目で見つめてしまう。

 な、なんだこの男!? 例の魔女か!? あ、いや男だから魔男?


 男は髪が異様に長く、目元が見えなくなっている。背丈もかなりあり、百九十は確定だろう。

 声は低くねっとりとしており、首元に息を吹きかけられるような気色の悪さがあった。

 俺はその見た目で悟った。


 あ、ヤバい人に会っちゃったな。


「お客さァん大丈夫ですかァ?」


 手を差し伸べてくる男────店員に、「あ、はいどうも」と断ることも出来ず手を借り起き上がる。


「いやァ、お客さァん。ここに来るなんて随分と物好きだねェ。こういう物好きだったりィ?」

「え、えぇ。まあそれなりには……」


 男の癖のある喋り方に対して当たり障りの無い言葉で返す。どう見てもこの人はヤバい人だ。なるべく神経を逆撫でしないように穏便に済ませなければ。


「今回はァ、どのような物をお探しでェ?」

「あー、えぇっと、今丁度物色していたところで、特にこれといって決めてないんです」

「そうですかァ。んでしたらァ、ワタクシが色々とォピックアップしましょゥ」

「い、いえ結構です!」

「そうかたくならずゥ」


 拒否する俺にお構いもなく、「少々お待ちをォ」と店の裏側へと消えていく店員。

 一人取り残された俺は、今のうちに逃げ出そうかと考えたが、流石に店員に悪いかと良心が働き、そこに留まることにした。


 数分後、店員が持ってきたのはやけに長い長方形の黒い箱だった。


「これをどうぞォ」

「……これは?」

「開けてみればわかりますゥ」


 言われるがままに箱を開く。


 俺は息を呑んだ。


 黒い箱に入っていたのは刀身だ。鍔も、柄もない刃。新雪のように白いそれは、光を反射しておりあまりの美しさに自然の美に触れたような気分に浸る。


 どれだけ目視していても惹きつけられる刀身に、俺は運命とも言い難い何か強い関係性を感じていた。目線を離さず、店員に問う。


「なんですか……これ」

「ワタシが貴方様の為に選ばせていただきましたァ。『骨董品』でございますゥ」


 これが商品なのか。

 震える手で刀身を滑らせるように触れる。金属特有の冷たさも感触もなく、心だけが満たされていく。


「お気に召されましたでしょうかァ?」


 店員の言葉に間髪入れず肯定しそうになる。が、死にかけの理性がそれを静止させた。


「こ、これ凄いですね」

「そうでしょうそうでしょうゥ? お客さァん、中々にお目が高いですねェ」

「高そうですけど、何円くらいですかね?」

「えェ、この刀はちょォっとばかし特殊でしてねェ。普通に買うなら千億はくだりません」

「せっ千!?!?」


 余りにも桁違いな額に素っ頓狂な声が出てしまう。

 震える手が違う意味で更に震え、素早く店員に戻し一歩下がった。


 そして、勢いよく土下座。


「そんなにお金持ってません許してください!!!」


 千億はさすがに盛っているだろうが、あの如何にも貴重品のような見た目からして、一般高校生の小遣いで買えるほどのものとは思えなかった。


 もう手で触れてしまったからダメかもしれない。イチャモンつけられて無理に買わないといけなくなるかもしれないなどと悪い想像が働くが、必死に額を地面に擦った。


「そんな頭下げなくて大丈夫ですよォ。今言ったのはあくまで相場の話でしてェ、別にその値段で売ろうとは思ってないですからァ」


 店員は頭を捻り、続けて言った。


「そうですねェわうちではこの商品をォ一万程度で売らせていただきましょうゥ」


 ……なんだか一気に詐欺っぽくなってきた。

 店員の発言で冷静さを取り戻した俺は再度考える。


 そういえば、ここは人が寄らないような雑木林の奥にある店だ。人目につかない場所に態々建てるということは、多くの人に知られたくないことをしているからじゃないだろうか?

 それに、客が全く来ない店は、普通直ぐに潰れるだろう。それでも俺が小さい頃からあるということは、数少ない観光客などからふんだくっているのではないか。


 更に言うなら、店員の容姿が不気味すぎる。


 うん、よく考えたらここ怪しさ満載だ。確実にぼったくられる。


 ああ、何故それをもっと早く気付かなかったのか。好奇心は猫をも殺すうという単語がとても身に染みる。幼馴染に俺は感情に左右されやすいと言われたがまさか本当だったなんて。


「なんとォ、今回に限っては柄と鍔も無料で付けさせて頂きますゥ。どうでしょうかァ? 貴方様にぴったりの骨董品ですがァ」

「あ、はは。でも、ちょっと置く場所がないかもな……」

「あァ、」


 ニタニタと笑う店員。


 後悔しても時すでに遅し。この顔が隠れた男は必ず俺を逃がしはしないだろう。


「……か、買わせてもらいます」


 家に持ち帰るまで誰かに見られるのではないかと気が気でならなかった。

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