第8話

 話し続けるあなたをよそに、あたしは「わかってるよ」とだけ返事をした。あなたはあたしを見つめて、満足げに笑って、すぐに視線を携帯電話に戻した。


 そしてビールを飲み干した後、部屋を暗くして、再びベッドに戻ってきた。横たわったままのあたしを抱きかかえると、そのまま寝息を立て始めた。


 静けさの中、その顔を見つめた。


「信じていいんだよね」と、今日の夜もまた、きけなかった。開封されたゴムの箱がテーブルに残ったままだ。少なくとも、あの残り分の夜が、あたしに許されている。あなたが新しい箱を買ってくるたびに、この関係がまだ続くことに喜ぶあたしがいる。


 そんなことを考えて瞳をとじる。カラダの奥に残った火照りと、心に残った冷たさがまざりあうと、やがて冷静なあたしが戻ってくる。


とっくにわかってる。

本当は奥さんと別れる気なんて、ないってこと。


 それでもあたしは、来週の夜もどうせまた、古びた電柱の下であなたを待ってしまうんだ。


 

 



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