第2話

 それは二人が幼いころのことだった。


 匠と暁は背後に山の迫る母屋の庭で土いじりをして遊んでいた。双子のちんまりとした小さな背中が並んでいるのは見た目にもかわいく、微笑ましいものだった。


 勤めを終えて拝殿から下りてきた父親は二人に声をかけようと近寄った。二人の手元にあったのは泥団子かと思いきや土くれの小鬼たちだった。


 小鬼は祖母が作っている家庭菜園のネギや大葉の根元からもこもこと生まれ出て、ちょこまかと動き回り、無邪気に笑う匠の足もとで相撲をとったりしていた。


 現当主である父親は目をみはった。まさか、そんな。言葉を失うほどの衝撃だった。


 そのように己の意志で地面から小鬼を生みだし、自在に操る技は大地や自然から生命を作る「国産み」にも通じる神の力だった。幼い子供が土に手をかざしては無数の小鬼を出現させ戯れているとは信じ難い光景だった。


 父親は「天才」を感じた。この子は末恐ろしい、と。


 気配に気づいて小鬼を手に乗せたまま振り向いた匠と目が合うと、父親は静かに命じた。


「やめなさい」


 匠は何を言われているのか分からなかった。が、次の瞬間、手のひらの小鬼ははらりと崩れて土に返った。暁はむっつりとした不機嫌な顔で黙りこんでいた。


 そのことはすぐに一族に知らされた。双子の能力、将来について、引いては久遠寺家の未来についてが話し合われ、一つの決定がなされるにはそう時間はかからなかった。


 神の力に通じる一族久遠寺家の跡継ぎ「匠」と、その隣りで小鬼を操っていた双子の妹「暁」を引き離すこと。それが一族の出した結論だった。


 父親は一目で分かってしまったのだ。暁の特異な能力を。小鬼を生みだしていたのは匠ではなく暁の方である、と。


 一族の明星のように期待を背負う匠に対して、暁がその名に反して影のような存在となってしまったのはこの時からだった。


 決定の翌日から暁は離れへ移され、祖父母の下で育てられることになった。


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 成長するに従って暁は暇さえあれば山に分け入って日暮れまで独りで野草を採ったり、虫や鳥を眺めるような娘になっていった。


 久遠寺家は古来、薬草学や漢方のようなある種の東洋医学を応用した技を用いて人々の怪我や病気を治していた時代があり、今では西洋医学が主流で出番がないにしても、神より賜りし力と技として大切に受け継いでいた。祖父母と寝起きを共にする暁はそれらのわざを自然と教えられていた。


 暁は自分が母屋で両親と暮らせないことを時々悲しく思っていた。なぜそうしなければならないのか理由は聞かされなかった。とにかく久遠寺の掟にのっとってそうするのだと言われるばかりで、朗らかな匠と相反する性質なだけに余計に疎外感を感じて、気持ちは暗くなるばかりだった。


 周囲と引き比べて自分の環境の特異性が分かるようになると、自分が一族の余計者だということも理解できるようになった。が、山に行けばその物思いを一時的とはいえ忘れることができた。


 山の中で野草を採集し、化学の実験を用いてその特性を引き出す時、暁の心は平坦になった。薬草で軟膏なんこうを作ったり、蒸留して虫よけを作ったりするのは久遠寺家の技でもあるが、それ以前に暁は「なぜ」かを解き明かすことに関心があり、疑問に対して真摯に向き合って答えを見つけ出すと、初めて自分がそこに存在することを許されるような気がした。


 暁を暗い顔の娘にしたのは一族で囁かれている「女である」ということも一つの理由だった。


 久遠寺家には未だに男尊女卑の傾向がある。それは誰が決めた概念なのか分からない、長く続けられた因習とも言える。相撲の土俵に女があがれないのと同様に、神のやしろにも女性を不浄とする禁忌がある。それは暁だけでなく、久遠寺家の女たち全員が同じだった。


 女であるということ。それは暁が久遠寺家に生まれながら、決して一族に名を連ねる「神に通じる者」にはなれないということだった。しかも悪いことに、暁は双子。古来から双子を不吉とする言い伝えはある。依ってますます暁は久遠寺家では不要な子供ということになる。これで暗い顔をするなという方が無理だった。


 結局、暁はいつも違和感を感じ、自分の居場所がここにはないのだということを思いながら育ってきた。そして運命の日を迎えることになるのだった。

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