久遠寺暁(くおんじ あきら)の魔法留学

三村小稲

第1話

 久遠寺くおんじ家の跡取りの「久遠寺たくみ」といえば県内でも有数の名門高校に通っていて、彼の聡明さと明朗な性質は誰もが知るところだったが、匠に双子の妹がいることはあまり知られていなかった。


 匠が一族の跡取りとして光の中にいることに対して、妹のあきらはどちらかというと陰気な顔をした娘で、顔立ちも似ておらず、切れ長の目に鼻筋の通った匠に対して暁は目ばかり大きくて、ちょっと鼻先が上を向いたような道化た顔で可愛いとも美人とも言い難かった。


 それに暁は匠のように快活ではなく、学校でもこれといって目立たず、友達もなく、化学部に所属して放課後は手作り石鹸を作る実験をしたり、ぶどうを発酵させたり、シャツの黄ばみを落とす実験など独特な興味の持ち方で活動していて、その様子がまた一層彼女を奇妙な存在にしていた。


 けれど二人は互いの相違点を周囲から引き比べられようとも仲の悪いことはなく、ただ単純に「お互いの持つ特性の違い」を認め合っていた。


 陰陽でいえば、陰が暁、陽が匠。光と影なら、光は匠で影は暁。夏と冬なら、匠が夏で暁が冬。それが久遠寺家の双子だった。


 -------------------------------------------------------------------------------------


 久遠寺家は鷹住山たかすみやまにある神社の神職の家系で、その歴史は一説には神話の時代にもさかのぼると言われる家柄だった。鷹住のやしろを司る男子は長い歴史の中で世間には知られざる能力を持つ者によって繋がれてきたが、それは決して秘密めかしたものではなかった。


 久遠寺家の成り立ちと直系の子孫のみが持つ能力は、余人よじんには理解できないものであることを彼ら自身が知っていた。


 神社はちょっと珍しい黒木くろきの鳥居で、標高はさほどでもないが深く険しい木々に包まれた森を有する鷹住山の麓から天へと貫くように、長い階段が山頂の拝殿へ続く。傍目には参拝する者もほとんどない寂しく廃れた神社であるにも関わらず、彼ら一族に対する畏敬の念と神社への信仰は揺ぎないものだった。



 それは彼らの持つ「能力」が人々を捉えて離さないのであって、だからこそ久遠寺家が名門であり続ける理由のひとつだった。


 久遠寺匠は所謂「家業」であるところの神社の後継者として、幼いころから英才教育を施されてきた。


 神社の跡取りだからといって一言で「神主」「禰宜ねぎ」という職に就くだけではなく、匠はこの由緒正しい久遠寺家のすべてを束ねていかねばならない重責を担っていた。そしてそれには相応の「力」が備わっていなければならず、その「力」こそが久遠寺家を神職たらしめてきたものだった。


 彼ら一族は神社を守り神を祀るだけではなく、「神と通じる力」即ち「神通力」を有する者たちであり、その力で表舞台には決して出ないが政治や経済を動かしてきた。時として歴史を動かすような大きな事件の裏側に関わっていたこともある。が、その「力」はあくまでも「神の力」であって鬼や魔物を使役しえきするような力ではなく、むしろ清浄なもので、だからこそ後継者となる者はその力量と資質を常に問われなければならなかった。


 陰陽師おんみょうじが魔的なあやしい力を使うのに対して、久遠寺の一族はあくまでも八百万ややおよろずの神々の力を受けてこの世の不幸やわざわいを避ける為に立ち働き、人々の願いを叶えるべく神々へ取り次ぐ、言わば「調停人」のようなものだった。


 この国の数多の神々と接触するのだから、その身にも心にも、暮らしにも汚れがあってはならない。匠が仮にミュージシャンやユーチューバーを目指すだとかいう夢を持ったとしても、許されることはなく、「絶対に」久遠寺家を継がなければならない。それが彼のあらかじめ決められている人生だった。


 といっても匠はその運命に異議を唱えることはなく、この家に生まれたのだから当然のこととすべてを受け入れ、むしろ疑問は感じてはいなかった。18歳の誕生日を迎えるまでは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る