第三章 四、金剛石

 午後六時手前、講義が終わりつつあったとき、スマホを確認した。


             安倍元首相死亡


 私はその報せを分かち合うため講師に伝えると、心中欣喜雀躍としてBOXへと向かった。BOXでは既に人が集まっていた。犯行直前の山上くんの姿が繰り返し映し出されていたのだが、そのとき部員の一人が「これ俺に似てない?」と笑いながら言った。お前はこの褒め称えられるべき栄光の主と自分を同じくするのか?待て、そうか、そうだ。お前も彼と同じくする兄弟だ。ここに私がいるのだから。そんな次第で解散となり、寮に帰った。

 自分の部屋に帰り着くと私は、「ィヤッター!!!」と声を上げて喜んだ。ずっと死ね死ねと言っていた相手が本当に死んだのである。嬉しくないはずがない。帰路のコンビニで買った高めの酒を開けると、くっと飲み干した。飲み足りない。

 ほんなごて嬉しかぞおいは!おい戸塚!安東、椛島の谷口野郎!高橋もた!籠池夫妻共は今何思う?電通、日テレの戦犯汐留組!こやんなったばいよかろうもん。おいとかおいどんの力ん勝利やんか。金一郎!君代!地獄から見てるかー?腐った魚肉を金剛石のように有難くするんやなかとぞほんなごておまいどんは。みんなおいばこぎゃんズタズタに鞭打って重か棒ば担がせてかい道行かせたけんがこれから見よ!世の終わりまであんたがたは血の責任を受けるとばいくさ。

 ところで親学というのは、高橋史朗という生長の家系で日本会議の関係者として親になるための学を標榜しおよそ非科学的な発達障害論を展開し、特に私の自閉症を親のしつけに原因を帰しているようなクソクソクソの疑似科学(ポパー)である。だから俺はフロイトが大嫌いだったのはそこで繋がりが理由で持つ!マルクスとフロイトインチキおじさん。だから、ある時K先生は「ポパーは大したことない」と言っていたが、俺にとってはずっとずっと、10代中頃から「生けるポパー」「切実なポパー」として、開かれた我々の正義の闘う人ポパーが連中への返す刀で左翼をも斬る!という、I involved K.R.Popper.とでも言うような私の青年時代、逆説的にこそ、故にわが友ヒットラーはナーガールジュナと越山会の角栄に接続し、三島は精神分析を嫌い、そして全ての歴史は一個の運命たる私に流れ込んだ。菅野完はヨハネです。私は呼吸において、すなわちマクロな風とミクロな酸化によって、あなたがたと祝宴を共にしに来ました。香油の風、風香はバッカスの信女を汚れなき私の愛によって明治のエスタブリッシュメントである長州の連中を憎悪し、満州の悪閥を倒さんとの決意を新たにします。山羊の歌に酔い痴れながれエンヤエンヤファルス祭りの唐津焼の陶器に酌み交わし酔いの回る陶酔、神たるワナビのブリコラージュ、K先生は僕をお赦しになるだろうか……。くにとざしの200年に百代の過客、200人の旅人は、屁をこきながら憂き世の“今”に心中の悲劇でカタルシスしていた。

 死が苦たるのは魂の自己の死すれば語るこそそは河(か)の神の名をば呼ぶ

 くにひらきして、無常の穢土を厭離し、西方の勢至を無抵抗に容れ、御教えの大樹まで植わった。


 馬関の馬鹿の長征は蝦夷の星かけ黄泉の先

 骨割く焚き木清くして人に委ねる海の満ち欠け


 汚れた海よ!永遠にわが家の静寂の繚乱となれ。私はある時、戦争にとられていた男子が焼け野原の家なき家の玄関に帰ってきて、母親と思われる者に涙されている映像を見たことがある。その母曰く、「よう帰って来たな」だそうである。私はこれを、この国に対する、わが日本に対する代表献辞だと受け取った。日本は大アジアを旗とした、そして果てた。日本は負けた。しかし旗の下に集っていた野郎共は未だにのさばっているではないか。私は雪の日の青年が好きだ。しかし連中は違うんだ。立場や観点を変えると陰謀論的世界観は、かりにその陰謀論が事実であれ、容易に真逆の価値を付与される。故に、なればこそ私は立場や観点を捨てなければならないのだ。神の玉座に座ろうなどと考える迷妄を絶ち、両耳に障る、濁世に諍る喧騒の傍らを通り過ぎ、怨みなきによりて怨みの静まる彼岸へと、筏で渡るのだ。そのときはじめて筏を捨てる。私は恒に流転する河を渡り終えよう。向こうでも生きている限り継起的に捨て続けなければならないのだし、体の苛みに耐え忍ばなければならないこともあろう。しかし、否応もなく変わり続ける現身ならば、それもまたよかろう。体は空だからだ。木を隠すなら森の中。群衆の中でパンを乞食する根性で、幕の裂けた無人の堂宇の辺縁に伏そう。


 その日は部屋の枕を壁に立て掛けて、ベッドの上でスマホを見ながら朝を待った。なぜなら、安倍の死体を乗せた車が主なき自宅に入るという話だったからだ。そうと決まれば行くのみだと、私は彼を運ぶ車のタイヤの音を感じながら、スーツを着て拝みに行く構想を立てた。決行あるのみ。病院を出て突っ走る車の闇の深さに、私は山上くんの伝わりくる犯行動機がちらついていた。囂囂と音を立てて右へ左へ揺らぐ楼閣に立っていた。

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