第一章 二、邂逅

 私は、この高揚感を忘れたくない。私には昔から予感があるし、また、トートロジーなのだが、昔から常に私には私の顔が見えている、そして、誰でもできるのに私しかやらないということをよく知っている。とにかく私は束縛されたり拘束されたりということが死ぬほど嫌いなのであって、常に何かしていないと気が済まない。話し続ければ話し続けるほど話し続けたくなるし元気も出てくるのが私である。果たして、そのような性向というのは、如何にして形成されるのか。先天的なところが強く影響するのは間違いないだろうと確信しているが、その発現は如何にして?わからない。

 「何か面白いことをしないと」と思い、色々やってみた。この私のようなタイプの人間というのは、周囲からの好き嫌いが分かれるタイプである。私はそれでいい。人間は結局一人になる。弁天娘のような者を求めるタイプではないので、気兼ねしなくてよいのである。口先の勢い一本で大学に入った流れで、またその勢い一本で知り合いを作っていった。人間初心者なもので、難しいことは多いが、楽しさが勝つ。まず手始めに、ロシアのウクライナ侵攻という時事ネタを利用してひとウケしようと、ウクライナの国旗カラーのファッションで大学に行ってみることにした。平和への祈念とかそんなものはポーズで、実際は一つ楽しませて笑ってくれたらそれだけでよかったのである。(この後私は何回かこの服を着ることになるのだが、ある時先生に、「ロシアには気をつけろ」と言われたのである。しかし、だいたいにおいてこんな色合いの服を着るような奴にろくな死に方をした奴はいないので、まあいいさと思っている。)

 さて、私はあの有事を見るに、つくづく世界は生けるもの、死すべき人の日は早い、と、ふっと感慨深くなってしまう。果たして、戦争は発明の父であるが、また制作の母でもあろう。また、自転しつつ公転している地上において争う卑小さに異を唱えるのはナンセンスであろう。なぜなら、宇宙に思いを馳せて悩みを解きほぐしている人のその手の甲に待針を一刺ししてみると、どうだろうか。そして、欲は対象の併呑以上の欲を呼ぶ。欲は欲を欲するのである。何事もままならないのは、こうした次第である。そもそも、誰が土地に線を引くのか(賢人はピラミッドの高さを測ると言いますが、畢竟それは人間の身の程知らずの成功例を示すものでありましょう)。しかしだたの線分を巡って争う者どもに対してそう簡単に「馬鹿者」と言えるのか?コンコルド効果に引っかかるのは贔屓の引き倒しをする大馬鹿者だが、それでもなお、私は、私の使命は、私の天職は、時代の制約を超えたところにあり、そしてそこに至るためには万人の跳躍、すなわち創発を要すると考えてしまう。事故が同時多発的に発生するそのさまは、太平の海を汚し続けた道具的理性の産物を想起させる。それもまた泥臭い礫から始まったのかと思うと、私は人間のやむなさに対する複合的な涙を抑えきれない。なんと美しく、なんと醜い生命なのだろう。また、なんと乾いた、なんと麗しい石塊なのだろう。


 対面開始早々、辛うじて線一本の繋がりを持っていたオンライン時代からの友達小里(こざと)を昼飯に誘った。私は人を下の名前で呼ぶ習慣があるので、こざと、とそのまま呼んでいる。学食は込んでいたので、1号館に設けられた屋外のベンチで待ち合わせた。小里は既にパンを食べているところだった。

「おうおうお疲れ。始まったけどどう?俺はもう興奮までいってるけど」

私は勢いよく話しかける。

「まあ、オンラインの方が楽だったけど、まあ楽しむよ」

 小里は、たじろぐように言葉を紡ぐ。

「そうかあ。俺は動いてないと楽でもないから、今はもはや「楽で楽しい」だけどね」

「ほんと向いてるんだね、ところで学科に何か変わってる人いた?」

「いやー見当たらないね。俺は頭のいい変人が大好きなんだけど、いないもんだよ」

 この頃私は、とにかくその「頭のいい変人」とやらに過剰な憧れと期待を寄せており、また、それを公言してもいた。それは私の理想像であり、(-割愛-)最後の望みを掛けたV2ロケット、月の宇宙へ、そのような思いだったのである。そうしてあの始まりの瞬間の楽しさを浴びながら、しばらく経過した。そうしたとき、これまたオンライン時代から親しくしていた友達である秋(あき)兎(と)と喋った。

「どうも」と言ってきた。秋兎はそんな奴である。

「よお、元気してた?それより秋兎さ、なんか面白い講義ある?」

「あー、哲学と科学、かな。」

「ああ!あれ対面でやってるんだ。全面対面に半信半疑だったから履修してないんだよね」

「最近は免疫の話とかしてたり、なんかK先生が色々と面白すぎる」

「よっしゃ!あいつがやってんなら行くわ、潜る潜る!!」

「お待ちしてます、どうもね」

それを私は待望の到来だと思い込んだので、ひたすらに今を楽しむ心持で…―それが私にどのような影響を与え出すのか、全く理解していなかったし、知る由もなかった―。ともかく、何かわからないが、何か、私に何かが始まったようなのである。

おお!私の道がまっすぐにされている!それは丘へと続く道、悲しみの道行き。しかし言っておく。私は私の聖なる使命、御名においてこそ行かねばならぬのだ!


     ~休憩に甘いものでもつまみつつ余談程度の挿入を~


 人はどこまで自己を拡張できるのか。観て照らすだけなら眼球を動かし考えることをやめなければ、それだけで現実的な活動として成立するのであるが、しかしそれは自己を拡張したことになるのか。暴力的視線が私を刺し殺す。私のダイナミズムとはその程度のものだったのか、となる。ゆえに私は他の能力の拡張に進まなければならない。

 愛か?分かち合っても減らないものなどに思いを馳せてどうなる。

 希望か?馬鹿、あるかどうかもわからないその時のために生きてなんになる。

 信じること?いっぺん死んでみて試してみようと思うか?口から出まかせだろう。それでもやってみるというのなら止めはしないが、私はそのような燭台の倒された狭隘な家に座って、しかも燃やす紙幣もないのに明るい明るいと欺瞞を宣って皆で押し黙る祭りなどごめんだ。それならば、勇壮な力が、この胸の奥底からえぐり上がってきて空の家畜を獅子吼で蹴散らし肌を覆い尽くすように回り踊れ!そのような力をこそ欲せ!暴走する犀にこそ施しを与えよ!

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