第29話 Case Extra 犬又編

 ゴールデンウィークとは死ぬことと見つけたり。

 葉隠に載ってそうな文言だが、俺はなんとか3日間を乗り切ることができた。

 恐らく駅前では指名手配に近い扱いになってるのかもしれん。


「ご主人、すごく疲れてるね。おいら心配だよ」

「いや、まあな。ありがとうおこげ。今日はお前とのんびり過ごすと決めてるからな、お出かけしてもいいぞ」

「ほんと! おいら、ご主人と原っぱに行きたいんよ!」


 ああ、それはいいな。

 天気も上々、気温もちょうどいいし、風も心地よいだろう。

 こんな日は、おこげと一緒に草むらで寝たら最高に違いない。


「いい考えだよおこげ。じゃあ準備するから待っててくれ」

「うきうき。おいら最近ちょっと寂しかったんよ。だから今日は一杯遊ぼうね、ご主人!」

「おこげ……」


 すまないことをした、と思う。

 家族を放置して遊び歩いていたのと同じだからな。

 いくら避けられない出来事だったとしても、俺が一番に考えるのはおこげの幸せだ。そうでなくては活動する意味がない。


 エチケットバッグに首輪とリード、そしておこげ用のおやつと水を持つ。

 ちょっとしたブルーシートも持って、気分は遠足だ。


「よし、おこげ。今日は二人でお日様の下、思いっきり遊ぶぞ!」

「わふぉーん!」


 俺とおこげは意気揚々とドアを開け、明るい世界へと歩き始める。

 ああ、気持ちのいい空気だ。

 いつまでもこの風景が続けばいいと思う。


 相変わらずおこげはスタートダッシュが早い。せかせかと短い肢で歩いては、あちこちでにおいを嗅ぐ。だがそれもわずかな間だ。太り気味のお腹のせいか、すぐにバテてしまうのだ。


「ご主人、おいらだっこしてほしいんよ」

「もうちょっと歩いた方がいいんじゃないのか? ダイエットしようぜ」

「原っぱまで取っておきたいんよ。だってご主人、フリスビー持ってきてるでしょ? あれで遊びたいし」


 よく見てる。おこげはフリスビーが大好きだ。

 投げると一直線に走って取りに行き、俺に渡すことなくペロペロと舐め始める。


「はは、それじゃあおいで。まったく、重いなお前は」

「ごめりんこ。だってご飯おいしーからね」


 こぼれそうな瞳をキラキラと輝かせ、おこげは流れる街並みを見ている。

 共に過ごす時間はかけがえのないものだ。

 俺も同じ町を見て、心に焼き付けるとしよう。


――

「よーし、ついたぞ!」

「わっふぉーい!」


 ちょっとした空き地がある。ここを管理している不動産やのおっちゃんと、我が家の親父は同級生だそうで、俺やおこげが立ち入ることは許可されている。


 きちんとゴミや糞の始末するのは当然の義務だが、気がついたときは掃除もしたりしている。そのおかげか、たまにそのおっちゃんが来ては、おこげにおやつをくれたりもする。


「おこげ、待て待て。今シート引くから」

「早く早く! おいらのフリスビー早く!」

「噛むな、まったく。ほーらこれだ。行くぞ」


 蛍光グリーンの安いフリスビーだが、おこげの歯形が年輪のように刻まれており、この世で無二のおもちゃになっている。


「ほーらおこげ、とってこい!」

「やった! おいら食べちゃうぞー!」


 フリスビーを加えて、前肢で抑え込む。ペロペロガジガジともてあそび、刺激がなくなったらまた投げてもらうために、俺のところへ持ってくるのだ。


 何度か投擲とカムバックを繰り返した後、俺たちは給水タイムに移る。


「おこげ、水だぞー。そんな舌を出して……疲れただろう」

「ちょー楽しかったんよ! はぁはぁ、喉カラカラなんよ」


 持ってきたおこげ用の小皿に水を注ぐ。待ってましたと言わんばかりにおこげが飛びついた。

 基本おこげは「待て」が出来ない。

 欲望に忠実で、目に入ったら一直線の性格だ。

 誰に似たんだろうね。


 持ってきたアキレスターキーをハサミでちょきちょきと細かく刻む。

 カバンに手を入れた時点でおこげが反応したので、堂々と作業することにした。あんまりサプライズが通用しないのが残念でもある。


「ご、ご主人! おいらお腹ぐうぐうなんよ! 早く早く!」

「ちゃんと小さくしないと喉に引っかかるから、待て待て。ああもう、ジャンプしないの!」

 

 おこげにひとかけらずつターキーを与える。

 目を細め、味を楽しむように、もぐもぐと口の中で何度もかみ砕いている。

 やがて飲み込んでしまうと、あちこちを嗅ぎまわり、おこぼれがないか探すのが可愛いのだ。


「ほら、次だ」

「わぁい、うまぁー」


 風が吹く。雲は流れ、陽の光は俺たちを包んでいる。

 嬉しかった。この瞬間、おこげと一緒にいれることが、たまらなく嬉しい。

 なんとしても、絶対に守っていかなくてはならない。

 そのためなら、使い走りだろうがなんだろうが、必ずクリアしてみせる。


――

「ご主人、ごしゅじーん」

「んお、おお?」


 顔をペロペロと舐められ、俺は眠りから覚めた。

 あんまりにもいい心地だったので、寝入ってしまっていたそうだ。

 おこげも俺の横で丸まっていたらしくて、まだ眠そうな顔をしている。


「今日は良い日なんよ。おいら、また遊びに来たいな」

「ああ、また来よう。俺も今日は素敵だったと思うぞ」


 しばし身を寄せ合い、俺たちは目を閉じる。

 寂しい思いが、この気持ちを引き裂かないようにと願っている。

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