第28話 河童編②

 いや、酷い目にあった。

 顔よりも大きいおっぱいが、否が応でも人目を引く。そんな水兎は気持ちよさそうにくぅくぅと眠っているのだから、手に負えない。


「おい、水兎、そろそろ起きようぜ。あーすいません、撮影は禁止でお願いします。体調不良なので、ええ、すみません」

 めちゃくそ撮影されてたのだが、なんとか去ってもらった。

 病気を前面に出していけば、大抵のことは通る。あると思います。


「ふわぁ……あふ……。うーん、気持ちよかったべさ」

「水兎、目が覚めたか。っと、急に立つなって、あぶねえぞ」

「んー--、清々しいっぺ。なんか疲れがすこーんと抜けた感じだぁ」


 まああんだけベロ酔いしてたからな。やるだけやったんだから、そりゃ疲労回復するよね。


「どうだ、体調は。まだ目が回ったりしてないか?」

「すっきりしたべさ。ミオにはまーた迷惑かけちまったな」

「いいさ。しかし塩素がダメだとなぁ。プールは諦めた方がいいな」

「んだな。そうだ、今日は利根川のほとりで五月祭りがるっぺよ。おら、毎年一人でいとるんじゃが、今日は一緒に行くべよ!」


 お祭りか。夏祭りには程遠いが、確か利根川の五月祭りは和太鼓の演舞があったんだっけな。なるほど、水兎は遠巻きに楽し気な空間を眺めていたのか。


「よし、じゃあ飯でも食って、夕方までぶらぶらしよう。利根川だと取手駅に行った方がいいな」

「ええな。おらもお腹すいただよ。それにまたミオと電車に乗りたいべさ」


 善は急げだ。俺たちはさくっとプールから撤収し、鈍行電車で一路取手駅前へ。ここからは歩いて利根川まで行ける。


「ミオ、みてくんろ! いたりあんだべ! おら、一度でいいからお洒落な食事をしてみたかったんだ!」

「待て水兎。その店は……ちょっとまずい。いや、美味しいんだが、流石になぁ」

「何をぶつぶついってるべ。おら、ここがいいだよ! ごめんくださいー」


 駅前一等地の殺戮空間。

 三日連続で食べに来るのはもはや常連客なのだが、連れが毎回変わるのは人としての価値を疑われる。


「いらっしゃいま……せ。はぁ」

「うん、いらっしゃっただよ! 案内してくんろ」

「あの……こんにちは」


 超笑顔。でもわかる。すげえ見下してる気配がね。

 今度は田舎娘を捕まえてきたのかよ、このクズ野郎って。


「こちらへどうぞ」

「……はい」

「うわぁ、なあミオ、窓際だべ。いつ見ても人間のギヤマンは綺麗じゃのう」

「ギヤマン……ああ、ガラスか。確かに河童の世界にはガラス使う機会少なそうだしな。じゃあ店の中も色々興味あるだろう」


 頷いて水兎は落ち着きなくきょろきょろしている。塩を舐めようとして急いで止めた。最近はバカッターで自爆している若人が多い。懇切丁寧に水兎から、調味料を引きはがした。


「……ご注文は」

「あ、えと……ナポリピザを一つ、あとアイスコーヒーを」

「……はい。ではお連れ様は」

「おら、このかるぼなーらってやつがいいべ! あと淡くときめく恋人のキャンディソーダを一つ!」

「……かしこまりました」


 ジロリ、と俺を見る。お前本当にその生き方でいいのか? と存在意義を問われているようなまなざしだ。もう無理、この店は永久封印だ。

 少なくとも10年は近づかないようにしよう。


「オーダーはいります!」

「グラッツェ!」

「ぐらっつぇだっぺ!」


 水兎、それは言わなくていいんだ。

 重くなった空気を吹き飛ばすように、いや、水兎はまるで気づいていないか。機関銃のように喋る喋る。人間界の不思議や、河童の生態などお互いに知見を深め合った。意外にも充実した時間であったのは間違いない。


「じゃあミオ、これを一緒に飲むべさ!」

 このサイダーも三回目か。ハート形のストローが、俺を責め立てているようにも見える。

「ちうちうちう、うーん、しゅわしゅわして面白いなぁ。やっぱり人間の世界は好きだぁ」

「気に入ってくれて嬉しいよ。っと、水兎、そろそろ行かないと始まりそうだ。太鼓、見たいんだろ?」

「あんれ、もうそんなか。楽しい時間は経つのが早いなぁ」


 席を立ち、俺を舐めるように見ていた店員さんを振り切って、店を出る。

 会計している間はマジで地獄だった。声がすっげえ冷たいのな。


――

 土手から下に降り、大きな和太鼓を乗せた低めのやぐらを目指す。

 そこそこ人は来ているらしく、出店もわずかながら顔を見せていた。


「ああ、五月だから狩衣を着てるのか。人形っぽいな。司会の人暑そうだな」

「こうして誰かと一緒に聞くのは初めてだ。おら、死ぬまで大切にする思い出になるだよ」

「大げさだな、また一緒に来ればいいさ」

「ほんとけ? おら信じるべよ!」


 水兎が手を握り、腕を組み、胸で圧迫してくる。

 立ち姿がやや斜めになった俺は、なり始めた太鼓の音に耳を傾けた。


 ドン、ドドン――

 軽妙で、時には重々しく。楽し気でいて荒々しく。

 フィニッシュはまるで瀑布のような乱打だ。今までこんなにじっくりと太鼓を聞いたことが無かった。俺は感動のあまり、少し泣いていたようだ。


「演目の合間、どなたか太鼓を打ってみませんか? どなたさまもご遠慮なく、お試しください!」

 ほほう、一般参加もありなのか。俺も昔一度太鼓をたたいたことがあるが、かなり疲労するんだよな、あれ。


「はいはいはい! おらがやるっぺ!」

「ぶー-っ!」

 おま、流石に目立ちすぎるだろ。まあ、今日の水兎は目も光ってないし、耳もなんとか妖力で人間のものに直している。バレることはないだろうが、危険球は避けるべきだと思うぞ。


「お、可愛い挑戦者がきましたね! ではやぐらの上にどうぞ!」

 パーカー脱いだら。サラシが一枚。

 めっちゃ目立ってる。主に胸が。


「いくっぺよ! おっりゃああああああっ!」

 ドンドン、ドドドドドン――


 バチが乱れ、音は響く。あまりの連打に、みなあんぐりと口を開けている。

 まさか野生の太鼓マスターがいるとは思わなかったようだ。古来より河童はお祭り好きだという。水兎はきっと自分でイメトレしてたんだろうか。


 ドドドン、ドン、ドーン。

 ぶるるるん、ぶるん、ぽよーん。


 もうバチだかチチだかわかんないね。

 気づけばみんなスマホを構え、動画を取っているようだ。


「あー気持ちええんじゃぁー。ミオー! 最高だっぺよー!」

「お、おーう」


 大粒の汗を流し、水兎はやぐらから降りて俺のもとへと戻ってきた。

「最高だべ。いつまでも叩けるような気がするだよ」

「みんな驚いてたぞ。上手いんだな、水兎」

「へへ、おらも意外なところあるだよ」


 程よく日焼けした健康的な肌から、水兎の甘い汗のにおいが香る。

 やがて祭りは終わり、俺たちも解散することになった。


「ミオ、今日は嬉しかっただよ。その、またおらとでぇとしてほしいんじゃ」

「ああ、また遊びに行こう。プール以外でな」

「あれは予想外だっぺ!」


 軽口を叩いて、水兎は利根川に歩いて向かって行った。

 ドボンと音がする。

 河童が住む川、か。こんど清掃作戦にでも参加しようかな。


――

 家に帰り、おこげに晩御飯を食べさせた。

 甘いコーヒーをもってネットをチェックする。軋むゲーミングチェアにゆったりと座り、一口すすって吹いた。


『乳神様、降臨』

 利根川に乳で太鼓をたたく、謎の美女が乱入! 誰か詳細求ム!


 ハッシュタグが痛い。

 #乳太鼓 #パイコの達人 #太鼓になりたい


 人間は、過ちを繰り返す。

 どうしてこう、人はエロに食いつくのだろうか。

 次に水兎と出かけることがあれば、もっと大人しいことをしようと心に決めたのだった。

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