Case3 ヴァンパイアの倒しかた
第30話 おさけはだめ
オコゲニウムを補充し、ゴールデンウィークを無事に死亡した俺だが、仕事の依頼は待ってはくれなかった。
次の土曜日の早朝、磯貝さんからの着信で目が覚める。
ほんと朝元気だよな、あの人魚。いや、寝てるのかな……まさかな。
「おはようさまぁん、ミオちゅわぁん」
「おやすみなさい、磯貝さん」
「むふ、そういうツンとしたとこ可愛いわよ」
嬉しくないやい。いいから本題に入ってくださいと、俺はげんなりしながらも応対した。
「今ね、妖怪の間で日本旅行が流行ってるのよ。で、現地のガイドを募ってるのだけど、どこの支部も人手不足でねぇ。ミオちゃん、悪いけどお相手できないかしら」
なんだその日本のバズりかた。
って、海外にも妖怪いるんかい。いや、ことりはデュラハンだしな、だがあいつは土着してるっぽいし……わからん。
「ハンコもらえるのであれば、喜んで手伝いますよ。けどいくつか確認しないといけないことが……」
「あらぁん、そうね。じゃあこれからお店にこれるかしら。杏ちゃんとことりちゃんにも声かけておくわね」
「え、あ、お願いします」
通話を切ると、おこげがぴょいと膝の上にジャンプしてきた。
「ご主人、またお仕事ー?」
「そうなるだろうな。でもあと3つで俺たちの暮らしが保証されるんだ、頑張っていこうぜ」
「そだねー。おいら、ご主人とお散歩してゆっくり昼寝するの好きなんよ。だからはりきっていくんよ」
むふーと鼻息を荒げる茶色いわんこを抱きしめ、俺は再び磯貝さんのお店へと向かうことになった。
――
「こんにちは、氷室です」
「おいらもきたんよー」
いつも通り引き戸をスライドさせ、俺たちは店内へと足を踏み入れる。
「HAHAHA、ニポーンはピルスナー美味しーデスねー」
「はしゃぎすぎよ、兄さん。ほら、口を拭いて」
なんか外人が二人、めっちゃビールかっ喰らってる。
もう何杯目なんだろうか。テーブルの上には瓶がアホみたいに置かれている。
「あの……こんにちは」
「あふあ、お酒の匂いがすごいぞー」
真昼間だってのに、すげえなおい。って、この店営業してたんだなと、今更になって感心した。
「あらぁんミオちゃん、いらっしゃいませぇ。適当なお席に座ってね、今飲み物持ってくるから」
「ありがとうございます、おこげおいで」
ど真ん中で浴びるようにビール飲んでいるのは、金髪が眩しい青年……いや、俺と同い年くらいなんだろうか。いいのか、未成年っぽいが。
呆れた顔をしているのは、青年と似たような顔をした、同じくブロンドの美少女だ。つんとした鼻とくっきりとした目が特徴的である。
「はい、どうぞ。いつものジンジャーエールだけどね」
「すみません。えと、彼らは……?」
「ああ、この子たちが今回の依頼者さんよ。もう散々あちこちに出歩いたそうなんだけどね……ちょっとミオちゃんには大変なお願いになるかもしれないわ」
尻の穴がきゅっとしぼむ。
磯貝さんの顔が近づいてくると、生理的に警戒してしまうのはなぜだろうか。
「やあやあ、少年。君が僕たちの願いをかなえてくれる人材かい! いやぁ、ニポーンは優しいねえ!」
「兄さん、失礼よ。初めまして、下民」
おもくそお貴族様視点なんだが。
初対面でそれはねえだろと唖然としてると、好き放題に自己紹介を始めた。
「僕はヴェリス・フォン・フォイエルバッハ。いやあ、ニポーンは湿気が多くて芋臭い土地だと思っていたが、こんなにも料理や酒が美味しいとはね。評価を改めなくてはいけないよ」
「私はアマリエ・フォン・フォイエルバッハ。兄さんの監視役で来たわ。この人、羽目を外しすぎるから。YSKにも頼んであるけれど、案内をお願いしますね、下民」
丁寧なんだか横柄なんだかわからん人たちだ。
だがこう……顔色が悪い気がする。目の下のクマも濃い。ひょっとして夜通し飲んでたんじゃなかろうか。
「初めまして、氷室澪といいます。一応YSKの人間の職員やってます。あの、随分と体調が悪そうですが、大丈夫ですか?」
「ん? 僕はいたって元気だが。ほら、こんなにもお酒が美味しいし、気分も爽快さ!」
それは何より。でもな、一応鏡は見た方がいいぞ。相当やばい顔になってるから。
「兄さん、きっと私たちの顔のことをいってるのですよ。紹介が遅れましたね、下民。私たちは誇り高き吸血鬼の一族です。なので青白い顔も不健康そうな造りも、生まれつきのものですわ」
メジャーなの来たな。
ドラキュラとかフランケンシュタインって言えば、西洋妖怪の巨頭だ。そこらの子供でも知ってる、怪物リテラシーの一つだろう。
「ええと、もう少しで現地エージェント……協力者が来るはずですが」
「時間は気にしないさ! ははは、いやあワインもいけるねえ。これはニンニクが欲しくなる」
ん?
「あの、ニンニク平気なんですか?」
「僕はガーリックステーキが好物だが。アマリエも苦手ではないな」
「私は嗜む程度ですわ。ちゃんとお肉を頂いたら、十字架を手にして主にお祈りしていますし」
え?
「十字架、いいんですか。吸血鬼はそういうのダメって聞いたことあるような」
「僕たちはカトリックだよ。日曜日には教会に行ってる」
「ミサはかかせませんね。下民、あなたもこんどいかがですか?」
ちょっと待って。俺の中で吸血鬼がバグってきた。
この人たち、いや、妖怪か。一般的に弱点とされてるものは平気な感じなんだろうか。
「流水を渡れなかったり、山査子の棘に弱かったり、日光で灰になったりっていう伝説があるんですが」
「僕は海水浴は大好きだよ! 日差しの中、こんがりと焼くのはいいよね」
「私は日焼けするのはちょっと。でも水泳は得意ですわ」
無敵の人じゃないか。
「じゃあ胸に杭を打つってのも迷信なんですね。なんか賢くなった気がします」
「いや、それは死ぬだろう」
「心臓刺されて生きてるのは、ちょっと……」
死ぬんかい。
まあ常識で考えれば、そうか。
ええとつまり、俺たち人間が弱点だと思ってた様々な事象はホラ話であり、ごく普通の殺害行為はアウト……と。え、それ人間と変わりないんじゃ。
「血とか……吸うんですかね」
「うーん、僕は輸血パックかな。YSKから毎週支給されるんだ。考えても見給え。この監視社会で人間を襲ったら、警察にご厄介になってしまうよ」
「私もパック派ですわね。というより、人様に牙を突き立てたことは無いですわ。そんな野蛮なこと、中世じゃないのですからしませんよ」
世知辛い種族だった。
つまり輸血パックをチューチュー吸ってる一族ってことか。
夜の闇に溶け込んで、魅了の魔眼で人を襲うっていうイメージ崩れたな。
「さぁ、お互いの認識は十分かしらぁん。じゃあ今回の依頼を発表するわね」
見守っていてくれた磯貝さんが、キモ優しくほほ笑んで俺に宣告する。
「この二人、ミオちゃんのいる高校に体験入学してみたいそうなの」
ぶふー--っ!
おい、今でも割といっぱいいっぱいなんだぞ。
え、吸血鬼を二人面倒みろっていうんすか。
学校に居る間は杏とことりに挟まれて動けないんだけど。
これ以上の負荷は、俺の体と精神が確実に死へと向かう気がする。
「よろしく頼むぞ、ニポーン人」
「下民、案内は任せましたわ」
頼む、杏、ことり、早く来てくれ。
俺の胃が妖怪によって溶解される前に。
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