第25話 Case Extra デュラハン編

 ゴールデンウィーク二日目。

 昨日は雪乃宮家で夜ご飯までご馳走になった。出てきたのはカニ鍋だったが、あの妖怪たち、折角の熱々を凍らせて食べてたからな。

 鍋じゃなくてもいいよねとは、食べさせてもらってる身分では言えなかったよ。


 起床してボケっとしていると、スマホに着信が入った。

 よっこらせ、と年寄りっぽく体を動かして、通話をタップする。


「はいもしもし」

「ミオーおはよう! ボクだよ!」

「ボクボク詐欺はお断りだ。名乗れ」

「ミオの彼女のことりだってばさ」


 こいつも諦めないね。いや、うん、嫌われるよりは百倍ましなんだけど、ことりのアタックは強すぎてビビる。

「約束通り、今日はボクの日だからね。くふふ、ミオを独り占めだよ、ふへへ」

「酒飲んでないよな? 呂律が怪しいぞ」

「なんだよもー。喜びを表現してるんだってば。それじゃあ、今日は水族館に行こうよ! ボクチケット持ってるんだよねー」


 おお、まともだ。

 たまには童心に帰って、海の生き物を愛でるのも悪くない。

 俺はウミウシとかイソギンチャクが好きなんだよな。あのやる気なくてダウナー系がなんとも可愛い。


――

 駅前の大時計の下、俺はワイシャツの上にサマージャケットを羽織って待機している。ちと肌寒いと思って着てきたのだが、どうやら午後は暑くなるそうだ。


「お待たせー!」

 エメラルドカラーのゆったりとしたチュニックブラウスに、ジーンズ。持っているバッグは茶色いラインが入っていて、落ち着いている。


「どうかな、ボク」

「いや、驚いた。今日もてっきり夜会に出るようなゴッテリ服だと思ってたからな。うん、似合ってるぞ」

「うへへへへ、そうだよー。そういう言葉待ってたんだよー。ねえ、自撮りしとこ」


 ことりはくるくると忙しく回り、おおはしゃぎだ。こんなにも人の笑顔に触れているのは初めてのことで、つい俺までも顔が緩んでしまう。


「じゃあ下のバス乗り場行こう。ここから一時間半くらいだってさ」

「割と近いほうなのかな。水族館なんて小学生以来だから楽しみだ。うし、コーヒーも買ったし、行くか」

「うん!」


 ことりはおずおずと俺の小指を掴む。

 だめ? と見上げてくる仕草は、完全に女の子だ。いや、目の前でアレとっちゃったから女の子で間違いないんだが……ちょっとまだ複雑だ。


「あっ……」

 ことりの手を握り、俺たちはバスに乗り込む。大型のシャトルバスで、新品なのか独特のオイル臭もない。

 関係ないけど、新品の枕とかマットとか、クッションっていいよね。あの匂いを独り占めしたくなるんだ。


「へへ、ボク窓際!」

「あいよ、お先にどうぞ」


 何が楽しいのか、発車する前から足をぶらぶらさせて、ことりはきょろきょろと見回している。

 そして何かを発見したのか、邪悪な笑みを浮かべた。


「おい、何企んでるんだ。今日は余計なことすんなよ。配信とかしてねえだろうな」

「うへへへ、大丈夫だってば。それよりあれ見て、ミオ」

 ことりが指で示す先。なんかデジャビュを感じるような、黒い髪。点滅する髪。白い氷。


「うげっ、杏……!」

「ねえ、悔しい? 悔しい? 今日はボクだけのミオだよーん。雪女ザマァ!」

「やめろ、あんまり調子こいて煽るな。あとで喧嘩になるぞ」


 ことりの後ろから覗くと、杏さんが中指を立ててこちらを見ている。

 お切れになっていらっしゃいますね。なんともアメリカンな表現で分かりやすい。


「発車します、お近くの席におかけください」

 べろべろばーと古い挑発をしていたことりを窓から引きはがし、俺たちは穏やかな振動に身を任せた。

 

「久しぶりだな、バス移動も。電車か自転車ばっかりだったから新鮮に感じるよ」

「そうだね。ボクは人間界に来たときはほんと嬉しかったよ。こーんな大きなものが動いてるなんて、感動だったね!」


 デュラハンの里は馬車移動が伝統的に用いられてるらしい。

 流石に人間の町に行くときは車を使うが、基本的に運転には向かない種族だそうだ。


「首、とれちゃうからね。訓練しててもついうっかりすると、足元に」

「そんなの見た運転手はショック死するぞ。なるほどなぁ、種族によって文明の利器の使いやすさがあるか。盲点だったな」


 ことりが作ってきてくれた、サンドイッチを頬張りつつ、俺は甘いコーヒーを楽しんでいた。

 ふふふ、おこげがいたら欲しがっただろうな。それに飯も美味かった。ことりは割と多才なんだな。


「なあ、ことり。最近の配信は――」

 なんか小鹿みたいにぷるぷるしてる。

 顔色は真っ青で、口元に手を当てている。


「嘘だろ、おま、まさか……」

「ミオ……出る……首が揺れて、しんどい……」

 ああね。安定感の問題なのね。

 

 致命的に車と相性が悪いらしいな。なんかことりの首ががくがくと震えている。


「ミオ、首……とって」

「え、ここで? いや、俺たち以外には二人しかいないけどさ。まあ後ろの座席にいる俺らは見えないか。よし、とるぞ」


 カポン、といい音がした。なんかもう一回つけては取りをしてみたい。

「取ったぞ、で、どうすればいいんだ」

「暗黒空間に、口元を……」

「えぇ……」


 お前、そういう使い方するの、あの便利収納。

 あの空間には剣とか剣とか、それとアレとかが収まってるはずなんだが、いいのか? しかし、このまま放置して、虹色の光をまき散らされたら困る。本人もトラウマになってしまうかもしれん。


「それじゃあ、よいっしょっと。これでいいか?」

「うん、ごべん、でるぅ……」


 おろろろろろろろろろろ。


 ああ、すっぺえ臭い。これ周囲の人間を巻き込む、爆弾攻撃なんだよな。

 効くのかどうかは不明だが、ことりの背中をさすってみる。


 何度かえずいた後、ことりは少し落ち着いたようだ。幸いにして誰にも気づかれていない。派手な音がしたと思うが、きっと前の二人は眠ってるのだろう。

 不幸な犠牲者が増えなくてよかった。


「ミオ、おみずのみたい」

「おう、しっかりゆすげよ。おい、その水も暗黒空間に入れるのか。何でもありだな」


「ぺっぺっ、あーきつかった。ごめんよぅ、ミオ。私自転車でも吐くんだぁ」

「なぜ水族館を選んだし。いや、いい。移動に難があるってのは了解した。それも個性だ、心配しなくてもいいぞ」

「うん、ありがとう。でもどうしてもミオと行きたかったんだよ」


 へこんでいることりの首を、よしよしと撫でる。

 あぶね、はめなおさないと。このまま首持ってご就寝したら、警察待ったなしだ。


「なあことり、これ直ではめていいのか? ズレたりしない?」

「ん、大丈夫だよ。そうそう、首を持って。しっかりとねじ込んでね」


 結構難しいな。等身大のドールの首をはめるような気持ちだが、暖かくて柔らかいから力の入れどころが難しい。


「うん、ありがと。ちゅっ」

「おまっ」


 はめた瞬間、俺の鼻先にキスされた。

 本人はえへへーラッキーとか言って照れてるが、君さっきゲロぶちまけたよね。


 まあ乙女……うん、乙女の茶目っ気だ。動揺してはいけないな。


 やがてバスは停まり、目的の大洗水族館に到着した。

 さあ、思う存分に鑑賞しようじゃないか。

「わーい、やっほー」

 ことりは素早く俺の横をすり抜け、バスの外ではしゃいでいる。キラキラと降り注ぐ日光の下、無邪気な顔がとても印象的だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る