第24話 雪女編②

 寒い。めっちゃ寒い。

 いや、観ている映画は面白いよ。

 硝煙の臭いが直接漂ってきそうで、爆発物もCGも思う存分使っている。

 よくもまあ、このご時世に無差別大量殺人の映像を流せるもんだと感心する。


 往年の英雄たちの破壊力はすさまじい。もう画面に出るだけで強いよね。

 けど、俺は寒いんだよ。

 

「なあ杏、もうちょっと雪減らせないかな」

「や」


 即否定。どうもこの雪ん子さん、熱中すると髪の毛が真っ白くなって、周囲の温度をガン下げするらしい。

 結果俺の周りだけ雪が積もってる。映画館で雪をかぶってるとか、誰がどう見ても不自然だが、現実に起きてるんだから救えない。


「ぶえっくしゅ。ぬあー」

「静かに」


 いや、杏さん、お前がそれ言うかね。

 もう歯がガチガチ鳴ってる。五月の連休だってのに、ここだけ真冬だ。


『行くぞ、全員ぶっ殺してやる! うおおおおおおっ!』

『リーダー続け! 機関銃に火を入れろ、突っ込むぞ!』


 ダダダダダ、ともう銃声しかしない内容になった。いわゆる昔の無双シーンだ。

 敵の玉は当たらないけど、味方の玉は百発百中っていう、映画独特のアレ。


「ふんふんふん~♬」

 杏さんが妙にノッている。両手を持ち上げ、指を一本立て、くるくると回す。

 すると氷の塊が空気中に出現して、前の座席をゴンゴンと打ち付けていくのだ。


「やめなさい。迷惑だろ」

「え?」

 気づいてなかった。雪乃宮家では、アクション映画を見るたびに、壁紙が穴だらけになるのだろうか。暗い映画館の中で、杏が操る氷がリズムよく乱舞していた。


『I'll Be Back』

 現カリフォルニア州知事が、セリフを決めたところで映画は終わった。

 うん、実に潔い内容だった。徹頭徹尾俺ツエーをしていて、好感が持てる。好き嫌いは別れるだろうが、何事も突き抜けてるのは武器だと思う。


「はあぁ」

 杏さんの顔が上気してる。もう氷の塊が舞いすぎてて笑えないことになってる。

「ちょっとそろそろ妖気抑えてくれ。前のカップルが気づいたら、また磯貝さんに吊るされるぞ」

 コクコク。

 やはり居酒屋の一件はトラウマのようだ。杏は何事もなかったかのように雪や氷を収納し、最初から綺麗だったわと言わんばかりに席を立つ。


 俺はというと、もうかじかんで動くに動けない。

 吐く息がまだ白い。もうここで眠ったら死ぬんじゃないだろうかと思うほどだ。

「ぱく」

 え、なに?

「ぱーく」


 杏が何かを食べてる。

「あの、何を……?」

「息」

「や、息してるけど、まだな」

「食べてるの」


 不意打ちはずるい。

 杏は俺が吐く白い息をパクパクと口を動かして、食べていたようだ。

 新しいスタイルの関節キスに、俺は赤面を禁じえない。

「おいしかった」

「味あるんだ……」


 雪女には微妙な空気の違いが判別できるのだろうか。

 どうにかこうにか体を動かし、凍り付いたメロンソーダを手にして俺は立ち上がる。史上最も寒冷なエクスペンダブルズだった。南極で放映してもこんなに冷えることはないだろう。


――

 陽の光が心地いい。これだよ、これこそが人間たる俺の住む場所だ。

 じんわりと体に血が通ってくる気がする。ああ、お風呂とか入ると最高だろうな。


 極寒テロを仕掛けた犯人たる杏と言えば、辞書のような自作の本を手繰り、難しい顔をしている。恐らく次のデートスポットを探しているんだろう。公園で日向ぼっこでもいいんだが、彼女の気持ちを無にするのも申し訳ない。


「ご飯」

「ん、ああそういえばお腹すいたな。どこかお勧めとかあるのかな」

「こっち」


 もう腕を組まれるのに慣れた自分がいる。

 杏も当たり前のように俺に触れるし、隙あらば脱ごうとする。妖怪の種の保存本能は半端ないことは身をもって知っているので、監視が必要だ。


 人通りの多い連休の昼。俺たちは駅前のイタリアンレストランに入った。

 レストランと言っても予約が必要なものではない。食前酒や前菜が出るような本格的なコースもあるが、基本的には庶民や学生の味方のお店だ。


「いいね、こうガッツリと炭水化物をとりたい気分だ。暖かいものを口いっぱいに頬張りたい」

「そ」

「杏はやっぱり猫舌なのか? この季節だと冷製のパスタもあるかもしれないね」

「大丈夫」


 お二人ですか? おタバコは吸われますか? お席はどこでも大丈夫ですか?

 店員さんに笑顔で質問され、俺は学生らしい回答をする。

 

「ではこちらにどうぞ。二名様ごあんないでーす」

「グラッツェ!」


 グラッツェじゃねえよ。

 なんで窓際なんだよ。ここ建物の一階で、駅前だぞ。

 ガラス張りでフルオープンの視界は、どう考えてもカップル専用席だろう。


 杏とこれ見よがしにメシ食ってるところ見られたら、クラスのヘイトが俺にえげつないくらいのしかかるだろう。


「最高」

「そっスか……」

 杏さんご満悦。ことあるごとに俺の手にちょっかいを出しては、通りを歩く人の反応を見て楽しんでる。

 それな、自殺行為とか公開処刑って言うんだぞ。あとでどうなっても知らないからな。主に俺が。


「よし、俺の注文はOKだ。杏は?」

「決まった」

 店員さんを呼んで、注文を通す。ふふふ、デートでニンニクありありのぺぺロンチーノは背徳感あるぜぇ。くっそ辛い味付けこそ、今俺の体に必要なものだ。


 杏との会話はとても淡白だ。

 でもなぜか慣れてしまった自分がいる。俺が適当に話題を振って、杏が「ん」とか「そう」とか返してくる。嫌そうな顔をしてるかと言えば、全然そうでもない。

 じっと俺の顔を見て、熱っぽい視線を送ってきている。


「お待たせしました、ペペロンチーノ大盛りのお客様」

「あ、俺です」

「熱いのでお気を付けくださいね、前失礼します」


 ゴクリ、と喉が動く。はぁはぁ、たまらんぜよ。早くこれにかぶりつきたい。糖質マックスの炭水化物をわっしわっしと口に運びたい。


「淡くときめく恋人のキャンディサイダー、お待たせしました」

「ん」

 

 あ、あんず、さん?

 何そのガイガーカウンター振り切ったような商品。

 杏の目の前に、クリームや果物をたくさん飾り付けてある、サイダーフロートが置かれた。ご丁寧にハート形のストローが二本刺さってる。


「ミオ」

「ミオ、じゃねえよ。いやいやいや、無理でしょこれ。お前、地元の駅前で何してんの?」

「はい、あーん」

「聞いてくれ。俺はまだ死にたくない。これは流石に人間の防御力を貫通してる代物だ。学校のやつに見られたら、授業中消しカス投げられるぞ」」


「むー」

 杏は諦めてくれない。執拗にストローを俺に向けてくる。

 徐々に泣きそうな顔になってきてるのに気づいた。

 ああくそ、ちくしょう。俺が意地悪してるみたいじゃねえか。なんでこう妖怪ってのは行動力ありすぎるのか。


「わかったよ、飲むからそんな顔しないでくれ」

「ん♪」


 わかりやすく表情が晴れる。

 口をつけて、目を合わせ、一緒に吸う。

 ちうちうちうちう。


 あ、サイダーうめえ。なんだこれ、マジでまろやかで炭酸が少ないから飲みやすい。イタリアン侮れないな……。


「あー氷室っチがやべーもん飲んでるー!」

「マ? うお、ハート形のドリンクじゃん、動画とっとこ」

「ゆっきー! はいチェキ!」


 ああああああああああああっ!!


 クラスのうぇーい勢がいるうううううううう。

 窓ガラス越しに、めっちゃ撮られてる。やめろ杏、親指立ててる場合じゃねえ、逃げるぞ。


「なんだよ、ミオ、やるじゃん。あ、店員さーん、俺らダチねー」

「かしこまりました。お近くの席にどうぞ!」


 ドヤドヤと店内に入ってきて、俺たちの近くに陣取る。すっかり囲まれてしまい、もう動くに動けない。


「やっぱ氷室ッチたち好きぴ同士じゃんねー。ほらもっとくっつかないと映えないから」

「いいなあミオ。っぱ休みつったら女と遊びだよな。お前陰だと思ってたけど、中々行動力あるな。こんどオケ行こうぜ」

「ペペロンもーらい。うめー、ニンニク利きすぎて草はえるー」


 草も生えねえよ。どうすんだよこの状況。

「よし、ビールいっとくか!」

「おいやめろ、マジで」


「冗談だよミオ、まあ突っ込み待ち? お前反応いいじゃん」

「くっそ、遊ばれてる……」

 本気かギャグかわかんねえんだよ、この勢力は。マジでどんな反社行動もしかねんから怖いわ。


 地獄のような一時間が過ぎた。

「行く」

「お、そうだな。そろそろ次行こうか」


 杏が別口で注文したスモールピザを食べ終え、氷のような視線のまま立ち上がった。もうクラスのやつらは見慣れてるのか、杏の態度はあるがままに受け入れられている。


「ありがとうございましたー!」


 対局、ありがとうございました。

 チェックメイトどころか、開幕二歩で負けたレベルだ。


 杏はどうだろうか。クラスの人たちと普段は絡まないから、良かったのかな。


「意外」

「ん?」

「楽しかった」


 穏やかな笑顔だった。

「そか」

「うん」


 どちらともなく手をつなぎ、ぶらぶらと昼下がりの商店街を歩いて行った。

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