Case Extra ゴールデンウィークの過ごしかた

第23話 Case Extra 雪女編①

 妖怪からの信用の証が順調に溜まってきている。

 まだ二つと言えばそこまでだが、時はゴールデンウィーク。俺は緑眩しい薫風の中を、清々しい気持ちで迎えることができた。

 ようし、明日からはゆっくりするぞ。きっといいことがある予感がする!


 そう思ってたんだ。

 目覚めた瞬間まではね。


「ミオ」

 杏さんが横に立っていた。


「おはよう……ございます……」

「おはよ」

 言いたいことはいくつもあるんだが、どうして杏をこんな早朝に通したのか。

 氷室家のセキュリティホールは深刻な問題を抱えている。

 両親は何をしていたんだろうか。そして我が家の番犬はどうしているのだろうか。


「何か……あったか?」

「?」

 いや、俺が聞いてるんだが。

 黒髪をさらりと揺らせ、小首をかしげるのは素直に可愛いと思ってしまう。

 

「えと、杏は何しに来たの?」

「ミオに会いに」

「目的は」

「でぇと」


 素直で先生嬉しい。

 でもアレだ。ことりと先に予約してたような。一応連絡しないとまずいことにならないかな。

 杏も毎回磯貝さんに吊るされるのは、こりごりだろう。


「なあちょっとことりと連絡していいかな」

「話、ついてるから」

 どういうことだ。え、まさか……。

「輪番制」

 はい、氷室澪、ゴールデンウィーク過労死確定。おめでとう! 

 めでたくねえよ!


 ええ、どうすんだよ、これ。

「なあ今日は杏で、明日はことりとかかな」

「そう。その次は水兎」

 河童もおるんかい。これは普通に死ぬのではなかろうか。


「四連休だよな。最終日は?」

「決戦」

「よし、わかった。最終日はおこげと過ごす。これについては議論の余地はない。協定を結ぼう、これを破ったら磯貝さんのお店行きだぞ」


 あからさまに唇を尖らせてもダメです。もう君たちのバトルに巻き込まれるのは無理なんだから、いい加減わかってくれ。常人には超人の発想はできないんだよ。


「まあ、俺も暇と言えば暇だしな。そこそこバイト代も……まああるか。よし、杏、今日は何しようか」

 気持ちを切り替えていこう。せっかくこうしてきてくれたんだ。どうせいつも通りだと、家に籠って何の思い出もなく終わってしまうだろう。

 妖怪の心を知るためにも、俺はもっと能動的に動くべきかもしれない。


 よくよく見れば、杏の服装も気合が入ってる。

 黒地に大きなひまわりをあしらったワンピースを着ており、その上から透け感のある白いニットを羽織っている。黒いニーハイソックスはいつも通りだ。


「予定聞いて」

「あ、うん。お願いします」

 なんか持っている白いバッグから、辞書みたいに分厚い本が出てきた。

【氷室研究禄】

 とか書いてあったのは、俺の気のせいだろう。


 辞書とにらめっこして、少々時間がたつ。その間におこげが下でわんわん吼えていたので、上に連れてきた。

 外出するというとついてきたがったのだが、しばらく勘弁してくれと、ジャーキーをチラつかせて認めてもらった。俺だって離れるのは寂しいんだぞ。


「映画」

「お、いいね。王道だな。今何をやてるんだろうか」

「これ」


 シュバっという擬音が聞こえそうな速度で、杏はチケットを取り出してきた。

「エクスペンダブルズ・マサクール」

 これは……。

 てっきりしっとりとした恋愛系かと思ったら、豪華ガチムチ系俳優による、暴風雨のようなガンアクションで有名な作品が出てきた。

 マサクールって……皆殺しって意味だぞ。大丈夫か?


「行こ」

 俺の手を取って、杏はえいえいと引っ張る。躊躇する暇もなく、俺は立たされるが、ちょっと待ってほしい。まだ寝ていた時のままの、ぼろいジャージだ。


「ちょい着替えるから、外で待ってて」

「なんで」

 そこ聞くんだ。いや、マナーって言葉あるでしょ。流石に俺もここでフルチンになるのは勇者すぎると思うんだよ。


「見ててもいい?」

「駄目に決まってるだろ。はいはい、外そと。おこげ、ちゃんと杏を見張っててくれ」

「ういおー。アンズ、覗きはだめだぞー」


 渋々というようなしかめっ面をして、杏は外に出てくれた。おこげがしばしば、

「だめだぞー」とか「アンズー、窓もダメだー」

 とか言ってる。

 窓ってなんだよ、おっかねえ。忍者じゃないんだから、普通にしててくれ。


 ぱっと買ったばかりの黒パーカーを着て、ビンテージのジーンズを履く。ショルダーバッグに財布とスマホを入れ、黒いキャップをかける。


「おこげー、もういいぞー」

「ういお。アンズ、入ってヨシ!」

 現場犬の許可が出たところで、杏と再び合流を果たした。

 速攻で手をつながれたのは、もう逃がさねえぞって意味だろうか。杏さんのアグレッシブさは人類の模範になりうるかもしれない。


 おこげに行ってきますと言い残し、俺たちは電車で町の中心へと向かう。

 駅ビルに入ってる小さな映画館で、筋肉密度バリバリの暑苦しい映像を見る所存だ。ポップコーンとメロンソーダ。これはもう鉄板だよな。


 映画館は俺たちを除いて、他に一組しか客が入ってない。

 休日だというのに閑古鳥てのは寂しいね。


「ミオ、こっち」

「ああ、今行く――」


 なんでかまくら作ってるんですかね。

 その雪どうしたの? いや、待てって。人前でやめーや。

 妖怪だってばれたらまずいんだろ、なんで自ら晒していくスタイルなんだよ。


「杏、ちょいとストップ。何してるんだ」

「観る態勢」

「椅子に座って、ジュースでも飲んでればいいんだぞ?」

「暑いから」


 そっか。割と空調は機能してると思ったけど、雪女には厳しい環境なのか。前に座ってるカップルらしき男女が、後ろを振り返らないことを祈る。


「杏、ガチのかまくらはやめよう。こう、もっと目立たない感じでできないかな」

「むぅ」


 妥協に妥協を重ねたと言わんばかりに、椅子を凍らせて、雪で座布団をつくっていた。まあセーフだと思うのは、俺もかなり毒されているのだろうか。

 映画館にかまくらあったら、人間としては通報するよな。


 のっけから不安要素しかないが、まあ放映されるまでの辛抱だよな。

 流石に上映中はおとなしくしてるだろう。杏の性格からして、きっと無言でアクションシーンを楽しんでは、こちらを見て照れるのかもしれない。


 そう考えるとちょっと楽しみになった。

 なんだかんだ言っても、杏は絶対零度の姫君という二つ名を持つ美少女だ。

 ここに来るまでに、何度も色々な人が振り返っていた。

 隣にいるのが俺で申し訳ないくらいだが、杏はるで接着剤でくっついたかのように、ガッシリと腕に密着していたのだ。


 デデデデーンと、大仰な音楽が鳴る。シンバルの音がうるさいくらいだ。

 こういう大げさなアメリカン気質は、俺も結構好きだ。さて、往年の名優たちの暴威を見せてもらおうか。


 だがまだ俺は、これが前座中の前座であることに気づいていなかった。

 本当の地獄はここからだということに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る