第22話 河童娘討伐 完了!
俺が風邪をひいてからは、割と大変だったらしい。
妖怪にとっては、人間の病気なんぞ大したことがないらしいが、ヤワな俺にとっては大問題だ。
何が起きたかというと、誰が看病するかで大揉めしたらしい。
具体的には、俺を砂浜に寝かせながら、取っ組み合いの喧嘩を始めたそうだ。ほぼほぼ真っ裸の状態で、何をやってんだこいつら。
「みーおーちゅわー--ん!」
俺が気がつくと、畳の部屋に寝かされていた。
目を覚ましたことが嬉しかったのだろうか、磯貝さんがキモ優しく涙目になっていたのが印象的だった。
「あの……うげ、喉が痛い……。ここはどこでしょうか」
「ノンノン、そのまま寝ていていいのよぅ。ここは私のおうち。今お薬持ってくるからね。その前におかゆかしら」
やがて温かい湯気と共に、柔らかく仕上げられたおかゆと梅干が目の前におかれた。これは嬉しい。俺はいただきますを言うのも惜しみつつ、急いでかきこんだ。
「ああ、ああああ。染み入る……うまいです、磯貝さん」
「うふふ、よかったわぁ。おこげちゃんが電話くれなかったら、ほんとあぶなかったのよぅ」
はっ! おこげ、おこげは!?
俺が急にキョロついたのを見て、磯貝さんはそっと布団に押しとどめてくれた。
「大丈夫。おこげちゃんも今ゆっくり寝てるわ。心配しなくていいのよ」
「そう……ですか。あふ、なんか眠く……」
「ゆっくりおやすみなさい。お家には私が電話しておくから」
ん、電話?
え、待って。磯貝さん、俺の家となんかつながりあるの?
だめだ、思考が回らない。風邪薬、結構効くんだな……。
究極的に体が休息を欲している。俺は再び、意識を手放し、快適なまどろみの中に飛び込んだのだった。
――
「う……お……。今何時だ? スマホは……と」
「今19時だよん、ご主人。よく寝てたねえ」
「おこげ、お前……。ありがとうよ、危うく死ぬのところだった」
「いいんよ。ご主人がいないと、おいらとっても寂しいんよ。だからいつも元気でいておくれよ」
もう言葉はいらない。俺はおこげを強く抱きしめる。
おこげも俺の顔をペロペロと舐め、すんすんと大いに嗅ぎまわっていた。
「で、おこげ。あのバカどもはどうした」
ちょっと今回は洒落になってないぞ、あの子娘ども。場合によったら、ただじゃおかねえからな。
「それなんだけどね、ご主人。あんまり触れない方がいいと思うんよ」
「歯切れ悪いな。なんだ、もうあいつら帰っちまったのか。まったくしょうがねえな」
おこげはクイと顎をしゃくり、磯貝さんのお店スペースのほうを指し示す。
なるほど、あっちか。
飲んだ薬のせいか、体は驚くほどに軽くなっている。手を当てた感じだが、熱も引いているようだ。
「ちょっと行ってくるわ」
「おすすめしないよう、ご主人……」
おこげが止めるのも聞かず、俺は身支度を整えると、磯貝さんのお店に続くドアを、やや乱暴に開けた。
閉めた。
え、え?
マジ? 俺まだ夢でも見てるのかな。
いや、熱があるのかもしれない。素人診断は誤謬の塊だからな。
カチャリ。
再びドアを開ける。
「ミオ……」
「たす……けて……」
「おら、もうしないだよー」
吊るされてた。
三人娘が、天井から、真っ逆さまに吊るされてる。
下着姿まんまで、ミノムシみたいに磯貝店のシャンデリアになっていたのだった。
「あの、この状況は……」
「あらん、ミオちゃん。お目目覚めたのね。元気になったかしら?」
「はい、おかげさまで。本当にありがとうございます。で、その……」
奇妙な果実が助けてくれと、涙声で訴えている。
磯貝さんは涼しい顔でグラスを拭き続けていた。
「いいんですか。開店しなくて」
「今日は臨時休業よ。明日の朝までは、このままだから」
「し、死ぬのでは?」
「このままだから」
アッハイ。
磯貝さん、クッソ切れてるわ。
よくよく手元を見れば、握り割ったであろう、グラスの欠片がいくつか散乱していた。道理でおこげが全力で止めたはずだよ。
「ミオ……助けて」
「ボク、もうしないから!」
「おらも反省するだよ。ゆるしてけろー」
え、マジどうすんだこれ。
一晩中この状態なわけなん?
「ミオ……」
「おだまり!」
磯貝さんが珍しく大声を出した。
いつもはキモ優しく穏やかなんだが、静かな人が大声を出すのは激しい意思表示の一つだ。
「杏ちゃん。あなたの一族、スキー場の重労働を嫌がってたわよね。いいのよ? 限界集落に戻って、雪だるま作るお仕事に従事しても」
「うぐ……」
「ことりちゃん。あなた無許可で配信業してたと聞いてるけど。この状態を放送したら、どうなるかしら。本物の炎上、試してみる?」
「それ……だけは、やめて……ください」
「水兎ちゃん。川沿いで勝手に作物作っては販売してるのは知ってるのよ。奇遇にも、わたし国税局にお友達がいるんだけども。今度遊びに行こうかしら」
「勘弁してけろ……許してけろ……」
強い。
伊達にYSKの支部長をしてるわけじゃない。
絶対に怒らせてはいけない人だったわ。
この日のことは、俺の中では【嘆きのミノムシ】事件として心に残ることになる。
一晩中、しくしくと泣く声が、茨城県のとある居酒屋から聞こえてきたという。
新しいホラースポットが誕生してしまったわけだが、俺には何もできない。妖怪同士のケジメは、妖怪がとる。それがルールだそうだし、親御さんも承知の上だという。
――
「水兎、大丈夫か?」
依頼を無事かどうかはともかく、達成したことにより、俺たちは正式に解散となった。嘆きのミノムシたちは開放され、今地面のありがたさを嚙みしめている。
「おらも調子に乗ったのが悪かったっぺ。あんまり楽しくてなぁ、ほんとにミオは良い男じゃ。この娘っ子に飽きたら、おらのとこに来るだよ。いっぱいやや子こさえて、楽しく過ごすのもええだよ」
「はは、懲りてないな。まあ俺は目的があってこの活動をしてるんだ。寂しくなるが、また遊びに来いよ」
ぶちゅー。
「ぬあっ!」
「おらのはじめてだっぺ。ツバ、つけといたからなぁ。また会うっぺよ!」
そう言い残し、水兎は決して消えない思い出と一緒に、去って行った。
どこに帰るのか不思議だったが、何のことはない、近所の利根川らしい。
チャリで30分もしねえ場所だよ。今生の別れみたいに言うな。
「おこげ、これで二つだな!」
「そうだねご主人。おいらどんどん頑張るよ! 一緒にいようね!」
「ああ、今日は少しご褒美に、茹でササミをつけちゃうぞ!」
「わほーん、嬉しいんよ!」
そんな俺たちを横目に、何やら物騒な声が聞こえてきた。
「あの河童。殺す」
「マジありえないんだけど。何ボクの彼氏にキスしてくれてるんだよ。ああ、もう、砂浜でバラしとけばよかった……」
そこまでにしとけ、妖怪。
また吊るされるぞ。
「ほれ、帰るぞ。いろいろあったけど、一つクリアできたんだ。お前らもありがとうな」
「ん」
「な、う、うん。まあそういうなら……」
右に杏。左にことり。前におこげ。
後ろは磯貝さんに狙われてないと信じたい。
いつもの布陣で帰路に就く。
散々な目にあったが、これでまた平和に近づいた。
俺はおこげのためなら、なんでもやってやる。ふん、ついでになるがこいつらのことも考えてやってもいいんだからな。くそ、情が移るってのはこういうことか。
次回は何が待ち受けているやら。今日も俺は愛犬と歩き続けるのだった。
河童娘:討伐完了!
妖怪貢献カード:現在2/5!
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