第21話 みたいの?

 諸事情により、史上稀に見る不毛な野球拳が寒空の下始まった。

 それぞれ着ているものは五つに調整し、三人の妖怪娘は武蔵と小次郎、そして伊藤一刀斎のように向かい合う。


 ここが巌流島だったのか。


「何やってるの?」

 え、何が? 

「ミオもやるんだよ。ほら、こっちこっち。僕の隣ね!」

「契る前に夫の体見れるんべか。これは眼福じゃわ」


 は? 俺もやるの? なんで?

「おこげ、俺関係ないよね」

「え、ご主人が勝ったら何にもしなくていいんだよん。だから参加しちくりー」

 嘘だろ……。え、マジでやるの、俺。

 このクッソ激烈に寒い海辺で? 


「ほいじゃあ、開始するんよ!」


「いくべさ!」

「いくわよ!」

「ボクが勝つ!」

「お、おう……いくぞ」


 いいのか、マジで。これ死なない?


「アウト! セーフ! よよいのよい!」


 俺とことりはグー。杏はチョキ。水兎もチョキ。


「まずは先制だね。ホラ、脱ぎなよ」

「たかが一回勝ったからって調子に乗らない事ね」

「暑苦しいのが脱げて、清々しいだよ」


 杏たちは服を投げ捨てる。もう殺気駄々洩れ。こんな妖怪バトルは有史以来初めてではなかろうか。


「次」

「さっさと脱げるよう、もうボタン外しときなよ」

「それはいい案だっぺな」


 いや、水兎。脱いで遊んでるんじゃないからな。


「アウト! セーフ! よよいのよい!」


 俺と水兎はチョキ。ことりと杏はグーだ。くそ、取り返されたか。


「脱いで」

「うおお、さみいさみいっ、これやべえって!」

 俺は、ファー付きコートを投げ捨てた。


 そうして、砂浜では誰の、何の得にもならないバトルが繰り広げられていった。

「中々やる」

「お前ら、意外と運がいいじゃねえか」

「あーコルセットきつかったー」

「おら、もう絆創膏取れかかっとるんじゃが」


 お互い残っているのは三つ。


 俺は、トランクス、ズボン、ロングTシャツ。

 杏は、パンツ、ブラジャー、スカート。

 ことりは……ロングドレス・パンツ・スポーツブラ。

 水兎はもういいかな。絆創膏二枚とふんどしだよ。


 一見互角に見えるが、俺の方が若干有利だ。

 俺は靴下とシャツは脱いでも構わない。

 だが、妖怪ズはこれ以上脱ぐと、男性の前で素肌を晒す事になる。

 そして何回目かのかけ声。



 俺はパー。妖怪どもはグー。



 だらっしゃああああああああああああ! これで俺の勝ちだ!


「勝負あった。さあ、終わりにしようや」

 恐らく自分でも気づかないうちに、晴れやかな顔になっていたのかもしれない。

「そんな……」

「えええ、ボクが負けるなんて……もう、しょうがないなあ」

「ペリッ」


 はい、水兎はもうアウトだよ。ぼろんと見えてるじゃん。

 こいつは棄権させよう。なあ、おこげ?

「そろそろ温まってきたね! どんどんいこうー!」


 無邪気ってのは、この世で一番の恐怖だよ。俺はもう知らんぞ。


 杏はブラウスのボタンを一つずつ外していった。

 白い素肌が見えたかと思ったら、こんどは水色で縞々のブラジャーが見えた。


 こ、これはっ。

 上着のせいで大人びていると思いきや、インナーがこんなにも可愛らしいものだったなんて……。

 すまん、火がちょっとついた。


 神は言っている、ここで脱がす定めだと。



「杏、続きやれんのか? ん?」

「屈辱、晴らす」

「ボクは負けるのが大っ嫌いなんだよね! ちょっとミオ、調子乗りすぎだよ!」


 そして次のかけ声。俺はグー、妖怪どもはチョキだった。



 ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーール!!



 日本代表、決めたーー!

 地面に両膝をつき、天に向かってガッツポーズをとる。


「あ・ん・ずさん? どうするんかなぁ?」

「ぐ……」

「何だって、聞こえないぞ」

「脱ぐ。寒くないし」


 冷静な口調とは異なって、スカートを脱ぐ動作は緩慢だった。

 ゆっくりとジッパーを下げ、お尻を動かしながら少しずつ下にずらしていく。


 ビューティフォー。


 予想通り、上下お揃いの青の縞々のパンツだった。

 後でおこげに聞いたところ、俺は鼻の穴を膨らませて、相当いやらしい顔つきをしていたそうだ。


「決まりだな、杏、ことり。これ以上もう脱げないだろう。俺の勝ちだな」


 ちなみに水兎はもうリタイアしている。モロマッパだしな。

 早いところ、その牛みたいな胸しまっておくれ。


「くぅぅぅうううううやあああしいいっ!」

 ことりが吼えている。ククク正義は勝つ。天はその理をきちんと示してくれたのだ。当然の結果だよな。



 しばしの間、俺は海の方を向いて、勝利の余韻に浸っていた。



 だが、俺の考えとはよそに、杏たちは意外な言葉を発した。

「……続きやる」


「は?」

「続行する」

「おいおい、冗談だろう。分かってんのか? 次負けたら後は無いんだぞ」

「へん、もうボクらは負けないからね。見てるといいよ」

「どこからその自信が来るんだか。そこまで裸になりたいんなら、容赦しないぜ」

「行く」


「アウト! セーフ! よよいのよい!」


 俺はチョキ、杏とことりはグー。


 くそ、悪運強いやつめ。

 次だ。

 次で必ず勝負を決めてみせる。そう誓って俺はロングTシャツを砂浜へと放った。



 ところが、次の戦いも俺は敗北してしまった。

 なんて事だ、同点まで追いつかれてしまったではないか……。

 ズボンを脱ぎながら、必ずこいつらをひん剥いて見せると、必勝の願かけをする。



 しかし……。

「な、ばかな……。三連敗、だと」

「ふふ、だから言ったっしょ?。ミオにはもう負けないって」

 ことりが渾身のどや顔を決めてくる。


 とうとうトランクス一枚になってしまった。

 もうこれ以上は無理だ。


「ミオ、謝る?」

「うぐ、くそっ」

 だめだ、最早限界だ。最高にみっともないがやるしかない。


「すいませんでしたぁあああああああああああああああああああ!!!」


 砂浜で下着の美女たち相手に、トランクス一丁で土下座する男子高校生。

 お父さんお母さん、ごめんなさい、ボク、汚れてしまいました。


「正義は勝つ」

 ちくしょおおおおおおおお。なぜだ、なぜ急に俺は勝てなくなった!?

 俺が土下座している間に、すっかり着替え終えた杏にたずねる。


「どうして、どうしてみんな、俺に勝てると断言出来たんだ?」

「簡単よ。あなたの事を良く知っている参謀が、私の味方をしてくれたからね」


 おい、まさか。


「ごめりんこ、ご主人。だってみんなかわいそうだったし」


「嘘だろ……。おこげ、お前が俺を裏切るとは……。一体みんなに何を言ったんだ」

「んあ、ご主人のジャンケンの癖だよ。だってご主人、グー・チョキ・パーの順番でしか出さないんだもん。いつだったか部屋で友達とジャンケンしていた時に気づいたんよ」


「なんてこった……。そんな事いつ伝えたんだ」

「ご主人が海の方を向いてニヤニヤしていた時だよー」

「驕る平家は久しからず」


 無念の極みに達し、俺は砂を掴んでは投げる。

 本気で泣きそうだ。


 ミオ、と声をかけて、杏が手を差し出してきた。

「仲直り。人間と妖怪には絆が出来るはず。だから」


 完敗だ。

 悔しいが杏の言うとおりだ。自分ではいた言葉の責任は、取らなくてはな。

「悪かったよ、杏」

「私もごめんなさいね、ミオ」

「ねえボクも入れてほしいんだけど」


 ぎゅっと手を重ね合う。これが裸のつき合いってやつなのか……。

 こうして俺達の不毛な争いは終わった。



 熱暴走していた頭が冷却されたところで、肝心な事に気づいた。

 やべ、そういえば水兎どうしたっけ。


 慌てて周りを確認すると、遠くの海で、シンクロナイズドスイミングをしている足が見えた。

「おーい、水兎、待たせてすまんな、もう終わったぞ!」


 届くかどうか分からないが、あらんかぎりの大声で水兎を呼んだ。

 足がピクリと止まり、一旦海中に消え、波打ち際から水兎が上陸してきた。


「待ってるのがたいくつじゃったけえの。おらやっぱり水が落ち着くべ」


 ようやく依頼は終わった。

 本当に、本当に成果の少ない活動だったが、これも仕事だ。引き続き頑張っていこう。


「帰ろ」

 杏が黒のコートを翻しながら、帰りの準備を進めている。

 

 小鳥の背中にある紐をきつく止め、なんとかドレスっぽい姿に戻すことができた。

 

 あ、やばい。

「ふえ、ふえ……ぶえええええっくしょんっ!!」

 熱が出てきたのか、ふらふらする。

「あわわ、ご主人、ご主じーん!」


 おこげの声をミュージックにして、俺は砂浜で意識を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る