第20話 わたさないから

 目覚めは修羅場からスタート。

 杏とことり、そして水兎が睨みあっている。


「せっかくおらが乳あげてたってのに、なにすっぺか!」

「ミオは私の」

「は? ボクと結婚するんだし。何言ってんのさ」


 君たちの感情はジェットコースター並みだね。次から次へと問題を出してくれるよ。どうこの場をおさめていいのか、俺にはもうわからん。


「白黒つける」

「上等じゃん。ボクもそろそろ決着つけたかったんだよね」

「よくわがんねぇけど、おらと戦うんか? ほんに乳無しどもは気が短いっぺ」

 水兎が天然に煽る煽る。豊かな者には貧する者の気持ちに気づかないのだろう。


 ええと、今何をするべきか。頭に酸素が回ってなくて、朦朧とする。


「ごしゅじーん。これもってきたんよ」

 差し出されるYSKの黄色いカード。おお、そうだった。


「水兎、取り込み中悪いが。これにハンコもらえんかな。まだ満足しないか?」

「いくらでも押すだよ。ながーく行きたかった海にこれたしな、おらの我儘に付き合ってもらって悪かったべさ。ほれ、ポンと」


 おこげがちんちんをして、カードをくわえて受け取る。

 おお、これで二つ目だ。着実にクリアに近づいてる実感がわいてくる。

「ご主人、ほいこれ」

「ありがとう、おこげ。でだ……」


「おらは幸せもんだっぺな。夢もかなえて、婿もみつかった。おかーちゃんも喜んでくれるべ」

「そうか。それはよか……ん?」

「ミオ、おらと結婚してやや子さこさえるべ。こうみえてもおら、川べりにたくさん土地をもってるだよ。生活さ苦労かけねーさ」


 目玉がPON。

 なんで、なんでそういうことになるん? 俺特に何もしてないよね。


「ミオの血は特別」

「やっぱりみんな知ってるんじゃん。なーんだ、ボクだけが気づいてると思ったのに。あはは、それは甘いか」

「おら、10人は産むだよ。血を分けてくんろ」


 純潔の血。人間の希少な純血種である俺のこの血液が原因か。

「いや、一度聞きたかったんだけどさ、俺の血ってそんな持ち上げるほどのものかな。自分じゃよくわからないんだが」


「極上」

「近くに居られるだけでくらくらする。よく今まで妖怪に襲われなかったよね。ボクだったら絶対に誘拐しちゃうけど」

「おらはよっくわがんねーけど、お腹がうずくっぺ。やや子おらんのに乳出そうじゃよ」


 認識が甘かった。これ、女性だけの世界に叩き込まれた男一人っていう感覚なのかもしれない。もうちょっと妖怪リテラシーが必要だと強く思う。


「おっと、忘れるところだったべ。おらの報酬を渡さんといけないのう」

 水兎は大きなリュックサックを漁り始める。

「これじゃ、これ。河童にとっては垂涎の逸品だべ。今回は木刀の詫びも兼ねて、おらの秘蔵の品を贈るだよ」


 水兎が言う河童垂涎の逸品。それはどう見ても水泳の鼻栓だった。

「なんぞ……これ」

 ものすごく安っぽい造形をしている。百円ショップで買えそうな代物だ。


「これはのう、半径三キロメートル内にある『旨いキュウリ』の場所が特定出来る代物じゃ! 河童の宝だっぺよ!」


 口から魂が飛んで行きそうなところを、すんでのところでキャッチした。


 何このガッカリ感。

 俺が鼻栓を使う日が来るのだろうか。

 河童並みのキュウリジャンキーにでもならなければ、その機会はこなそうだが。


「さ、サンキュー。大事にするよ」

 絶対明日には存在を忘れてる自信がある。呪結塊ほどのインパクトはないしね。

 着々と封印すべき物質が増えていくのは、ちょっと大変かもしれない。このまま仕事をしていくと、危ない物品を押し付けられるかもしれない。


「で、やるの?」

 杏はまだ喧嘩腰だ。雪女の矜持がすたるのか、退けない戦いを勃発させようとしている。


「面白れー女じゃん。ちょっとボクのこと舐めてないかな」

 ことりが首をカポっと外した。射出準備はOKということだろう。


「おっかねえなあ。さ、ミオ。あっちでおらとやや子こさえるべ。おら、いつでも準備ええだよ」


 シュカン、と砂浜に武器が突き刺さる。

 一つは氷の槍。もう一つは西洋剣。


「なにすんだべか。おら、いい加減にせんと怒るだよ」

 首を斜めに傾けて、水兎がゆらりと立ち上がる。はい、妖怪戦争不可避。

 磯貝さーん!! 助けてプリーズ! この子たち、全然言うこと聞いてくれないよ! 

 人間はかくも無力だったのかと痛感させられる。この三人娘の間に入るのは自殺行為だ。


「凍れ」

「ぶっ刺す。マジでやるからね」

「おらをちょいと甘くみてるっぺな?」


 くそ、行くしかない。ここで止めないと取り返しがつかん気がする。

 おっりゃあああああああっ!


「ちょっと待ったぁ! お前ら、落ち着け! 杏、ことり。仕事だっての忘れたのか? YSKの一員である自覚を持て。依頼者とガチンコするんじゃない」

「うぐ」

「ちぇっ」


 三人の中心で恥も外聞もなく、じたばたと暴れる俺。

 もうプライドなんて核廃棄場にポイよ。


「水兎もやめーや。依頼は依頼。そのほかに注文があるならYSKを通してくれ。この場では対応できんよ」


「問題ないべ。このままおらとウチに帰ればいいだよ。こんなちんちくりんどもよりも、おらのほうが満足させてやれるべさ」


「俺の満足度はどうでもいい。とりあえず矛を収めてくれ。まずは支部に帰る、話はそれからだ」


 血の気が多すぎだし、殺意が高すぎる。ここは何かガス抜きをしないとダメか。下手に放置すれば後々の禍根になりかねない。



「はぁ……わかった。じゃあせめて平和的な方法で決着つけてくれ。流血させたら、俺はもう二度と口きかねえぞ」


 いっせいに頷く三人娘。変なところは統率取れてるのね。

 最早ここまで来ては、引っ込みがつかないからなぁ。さてどうするか。

 俺が手段を決めるのは、それはそれで文句が出るかもしれん。


「じゃあおこげに決めてもらおう、どうだ?」

「んあ!? オイラ? そんな、急に言われても」

「おこげ、このままだと砂浜が血で染まる。何か思いつかないか?」


 ここ一番は、信用する愛犬が頼りだ。俺とおこげの絆を見せてやろう。


「んあー。じゃあ、アレだ。ジャンケンして、服を脱いでいくやつ。それにしよう」


「お前……なんでまた、そんな」

「んあ、おいらは服着れないからねー。脱いだりするのって見てると面白いんよ」

「ふむ、それなら暴力沙汰にはならないか。どうだ、三人とも」


 実際にやるのは妖怪たちだ。誰かが嫌と言えばこの案はボツになる。

 しかし杞憂だったようだ。


「上等」

「やってやろうじゃん、あ、脱ぐとき手伝ってね」

「おらは何でも受けてたつべ」


 よし、じゃあ決定。

 じゃじゃーん。

 四月の寒空の下、砂浜で野球拳!


 マジで帰りたい。もうどうでもいい感が半端ない。


「はぁ……それでおこげ、ルールと勝敗はどうやって決めるんだ?」

「んあ、お互い着ている物の枚数を合わせて、ジャンケンで負けた方が一枚ずつ脱いでいくんよ。で、これ以上脱げない、脱ぎたくないってなった時点で負けー」


 それぞれ着衣は七つに限定する。

 相手を威圧するかのような眼光。ただならぬ気配。

 流石は妖怪だ。さしずめアウステルリッツの三帝会戦と形容すべきか。


「じゃあ行くぞ、いいな?」


 コクリ、と三者同意する。

 がんばれ俺。そしてよくやった俺。


 勝ったものがどういう権利を得るか、何も明言していない。

 ありとあらゆるものを用いてお茶を濁してやる。


「じゃあいくおー。おいらが審判だね! 勝った人はご主人とらぶらぶデートだね!」


 おこげえええええええっ!!

 飼い犬に手を噛まれるとは、まさしくこのことだろう。

 目に火が付いた三人の妖怪を前に、俺はただ縮こまるばかりであった。

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